【動画】親日国のトルコ
以前、トルコが親日国だということで、
等の記事を紹介しましたが、トルコの親日ぶりがよくわかる動画を教えてもらいましたので今回も紹介したいと思います。
http://www.youtube.com/watch?v=MJg0I-81nZs&NR=1
今回の動画や過去記事を見直すと・・・なんで日本の隣りは中国や朝鮮なんだと思ってしまいます。トルコや台湾のような親日でまともな国が隣りだったら・・・つД`)
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以前、トルコが親日国だということで、
等の記事を紹介しましたが、トルコの親日ぶりがよくわかる動画を教えてもらいましたので今回も紹介したいと思います。
http://www.youtube.com/watch?v=MJg0I-81nZs&NR=1
今回の動画や過去記事を見直すと・・・なんで日本の隣りは中国や朝鮮なんだと思ってしまいます。トルコや台湾のような親日でまともな国が隣りだったら・・・つД`)
「頑張れ日本!全国行動委員会」の2010年最後の活動です。
大晦日、紅白開催寸前のNHK前でNHK解体を訴えましょう!
http://www.ganbare-nippon.net/news/diary.cgi?no=26
【東京都渋谷区】12.31(金) NHKに抗議する街頭宣伝活動
日時・内容:
平成22年12月31日(金)
15時00分 街頭宣伝活動及びビラ配布
17時00分 終了後、明治神宮にて参拝
場所:
渋谷C.C.Lemonホール(旧渋谷公会堂)前
東京都渋谷区宇田川町1-1
※NHKスタジオパーク入口の向かい側
主催:
「頑張れ日本!全国行動委員会」
草莽全国地方議員の会
チャンネル桜ニ千人委員会有志の会
台湾研究フォーラム
ご連絡先:
頑張れ日本!全国行動委員会
TEL 03-5468-9222
http://www.ganbare-nippon.net/
素晴らしい。
頼もしい。
私は自衛隊を支持する。
個人的に、自衛隊を非難するものは愚か者か中国人・朝鮮人と認定する。
平和とは当たり前のものではない。彼らの命がけの訓練の結果、平和が得られているのだ。
彼らの邪魔をする憲法や法律を改正して、自衛隊に当たり前の戦える軍隊となってもらうこと、予算を増額しきっちりと体制を整えてもらうことこそが日本の国益となる。
陸上自衛隊広報センター(りっくんらんど)の3Dシアターで上映中のビデオです。
http://www.youtube.com/watch?v=etwoRR_pZYQ
復興への3万3千キロ
■1.石のひとつでも投げられりゃあいいんだ■
ヒロヒトのおかげで父親や夫が殺されたんだからね、旅先で石のひとつでも投げられりゃあいいんだ。
ヒロヒトが40歳を過ぎた猫背の小男ということを日本人に知らしめてやる必要がある。神さまじゃなくて人間だということをね。
それが生きた民主主義の教育というものだよ。
昭和21年2月、昭和天皇が全国御巡幸を始められた時、占領軍総司令部の高官たちの間では、こんな会話が交わされた。
しかし、その結果は高官達の"期待"を裏切るものだった。昭和天皇は沖縄以外の全国を約8年半かけて回られた。行程は3万3千キロ、総日数165日。各地で数万の群衆にもみくちゃにされたが、石一つ投げられたことはなかった。
イギリスの新聞は次のように驚きを率直に述べた。
日本は敗戦し、外国軍隊に占領されているが、天皇の声望はほとんど衰えていない。各地の巡幸で、群衆は天皇に対し超人的な存在に対するように敬礼した。何もかも破壊された日本の社会では、天皇が唯一の安定点をなしている。
イタリアのエマヌエレ国王は国外に追放され、長男が即位したが、わずか1ヶ月で廃位に追い込まれた。それに対して、日本の国民は、まだ現人神という神話を信じているのだろうか?
欧米人の常識では理解できないことが起こっていた。
■2.全国を隈無く歩いて、国民を慰め、励ましたい■
昭和天皇が全国御巡幸の決意を示されたのは、敗戦直後、昭和20年10月であった。宮内府次長加藤進氏に次のように指示された。
この戦争により先祖からの領土を失ひ、国民の多くの生命を失ひ、たいへん災厄を受けた。この際、わたくしとしては、どうすればよいのかと考へ、また退位も考えた。しかし、よくよく考へた末、全国を隈無く歩いて、国民を慰め、励まし、また復興のために立ちがらせる為の勇気を与へることが自分の責任と思ふ。このことをどうしても早い時期に行ひたいと思ふ。ついては、宮内官たちはわたくしの健康を心配するだらうが、自分はどんなになってもやりぬくつもりであるから、健康とか何とかはまつたく考へることなくやってほしい。宮内官はその志を達するやう全力を挙げて計画し実行してほしい。
御巡幸の打診を受けた占領軍総司令部は、冒頭で紹介したような魂胆もあって、許可した。
■3.「食べ物は大丈夫か」「家はあるのか」■
昭和21年2月19日の最初のご訪問の地は、昭和電工・川崎工場であった。食糧増産に必要な化学肥料の硫安を生産していたが、空襲で70%の設備が破壊され、社員は必死で復旧に努めていた。
一列に並んだ工員たちに、昭和天皇は「生活状態はどうか」、「食べ物は大丈夫か」「家はあるのか」と聞かれた。感極まって泣いているものも多かった。案内していた森社長は、天皇が身近な質問ばかりされるので、宮中で安楽な生活をされていたら、こんなことは口だけでは言えまい、と急に深い親しみを感じた。
二度目の御巡幸は、2月28日、都内をまわられた。大空襲で一面、焼け野原である。新宿では、昭和天皇の行幸を知った群衆が待ちかまえ、自然に「天皇陛下、万歳」の声が巻き起こった。昭和天皇が帽子をとってお応えになると、群衆は米兵の制止も振り切って、車道にまでなだれこんだ。これ以降、巡幸される先々で、このような光景が繰り返された。
■4.あつさつよき磐城の里の炭山に■
昭和21年には、関東、東海地方の各県を廻られ、22年6月には、大阪、兵庫、和歌山。そして8月の酷暑の中を東北全県の巡幸を希望された。側近が驚いて、涼しくなってからでは、と延期を願ったが、「東北の運命(食料の増産)は、真夏にかかっている。東北人の働くありのままの姿を是非この目に見て激励してやりたい」と許されなかった。
敗戦直後で、宿舎がままならず、列車の中や、学校の教室に泊まられた事もあった。「戦災の国民のことを考へればなんでもない。十日間くらゐ風呂に入らなくともかまはぬ」と言われて、行幸を続けられた。
出炭量の40%を占める重要なエネルギー供給基地福島県の常磐炭坑では、地下450mの坑内を歩かれ、40度の中を背広、ネクタイ姿で、上半身裸の鉱夫たちを激励された。深い坑内で万歳の声が轟いた。この時の御製(お歌)である。
あつさつよき磐城の里の炭山にはたらく人をををしとぞ見し
■5.浅間おろしつよき麓にかへりきて■
この2ヶ月後には休む暇なく、甲信越地方9日間の御巡幸に出られた。最初に浅間山の初雪の中を2キロも歩かれて、山麓の大日向開拓村を訪問された。大日向村は満洲への分村移民を全国で最初に実行した村である。しかしソ連の満洲侵略により、移民694名中、ようやく半数の323名が生き残って、村に帰ってきた。そして標高1095mの荒れ地を切り開いて、入植していたのである。
天皇をお迎えした開拓団長堀川源雄の奏上は、幾度となく涙でとだえた。昭和天皇のお顔も涙に濡れた。
浅間おろしつよき麓にかへりきていそしむ田人とふとくもあるか
■6.老人(おひびと)をわかき田子らのたすけあひて■
この年、11月から12月にかけてには、さらに鳥取、島根、山口、広島、岡山をまわられた。島根県では新川開拓村で3万人の奉迎に応えられた後、伊波野村で農作業をご覧になられた。農業会長が、働いている老夫をさして、「我が子を二人とも失いましたが、村人の助けも得て、屈することなく働いております」と説明すると、天皇は次のようなお言葉とお歌を賜った。
この度は大事な二人の息子を失いながら、猶屈せずに食糧増産に懸命に努力する老農の姿を見、一方又、これを助ける青年男女の働きぶりを見て、まことに心うたれるものがあった。このやうな涙ぐましい農民の努力に対しては深い感動を覚える。いろいろ苦しいこともあらうが、努力を続けて貰ひたい。
老人(おひびと)をわかき田子らのたすけあひていそしむ
すがたたふとしとみし
■7.ああ広島平和の鐘も鳴りはじめ■
12月5日、広島に入られる。広島市では戦災児育成所の原爆孤児84名に会われた。原爆で頭のはげた一人の男の子の頭を抱えるようにして、目頭を押さえられた。周囲の群衆も静まりかえって、すすり泣く。
爆心地「相生橋」を通過されて、平和の鐘が鳴る中を元護国神社跡で7万の奉迎を受けられた。周囲には黒こげの立木、あめのように曲がった鉄骨が残る中で、天皇はマイクで次のように語られた。
このたびは皆のものの熱心な歓迎を受けてうれしく思ふ。本日は親しく市内の災害地を視察するが、広島市は特別な災害を受けて誠に気の毒に思ふ。広島市民は復興に努力し、世界の平和に貢献せねばならぬ。
ああ広島平和の鐘も鳴りはじめたちなおる見えてうれしかりけり
この中国地方行幸にお目付役として同行していた占領軍総司令部民政局のケントは、原爆を落とされた広島の地ですら誰一人天皇を恨む者がいないことに、ただただ驚くばかりであった。もともと天皇制廃止を目論んでいた民政局は、兵庫県で小学生達が禁止されていた日の丸を振ってお出迎えしたのを「指令違反」であるとして、以後の御巡幸中止を命じた。
しかし、御巡幸を期待する九州、四国地方からの嘆願や議会決議が相次ぎ、昭和天皇も直接マッカーサーにお話しされた模様で、翌々年に再開が許可された。
■8.子らに幸あれ■
昭和24年5月18日から6月10日にかけては、九州全県を巡幸された。5月22日に立ち寄られた佐賀県基山町の因通寺には、40余名の戦災孤児のための洗心寮があった。孤児たちの中に、位牌を二つ胸に抱きしめていた女の子がいた。
昭和天皇は、その女の子に近づかれて、「お父さん、お母さん?」と尋ねられた。「はい、これは父と母の位牌です」とはっきり返事をする女の子に、さらに「どこで?」。
「はい。父はソ満国境で名誉の戦死を遂げました。母は引き上げの途中病のためになくなりました。」
天皇は悲しそうな顔で「お寂しい」と言われると、女の子は首を横に振って、「いいえ、寂しいことはありません。私は仏の子です。仏の子供は亡くなったお父さんとも、亡くなったお母さんともお浄土にいったら、きっともう一度会うことができるのです。・・・」
昭和天皇は、すっと右の手を伸ばされ、女の子の頭を2度、3度と撫でながら、「仏の子供はお幸せね。これからも立派に育っておくれよ」と言われた。数滴の涙が畳の上に落ちた。「お父さん」、女の子は小さな声で昭和天皇を呼んだ。
みほとけの教へまもりてすくすくと生い育つべき子らに幸あれ
■9.天皇陛下さまを怨んだこともありました■
因通寺の参道には、遺族や引き揚げ者も大勢つめかけていた。昭和天皇は最前列に座っていた老婆に声をかけられた。「どなたが戦死をされたのか」
「息子でございます。たった一人の息子でございました」声を詰まらせながら返事をする老婆に「どこで戦死をされたの?」
「ビルマでございます。激しい戦いだったそうですが、息子は最後に天皇陛下万歳と言って戦死をしたそうです。・・・天皇陛下様、息子の命はあなた様に差し上げております。息子の命のためにも、天皇陛下さま、長生きをしてください」
老婆は泣き伏してしまった。じっと耳を傾けていた天皇は、流れる涙をそのままに、老婆を見つめられていた。
引き揚げ者の一行の前では、昭和天皇は、深々と頭を下げた。
「長い間遠い外国でいろいろ苦労して大変だったであろう」とお言葉をかけられた。一人の引き揚げ者がにじり寄って言った。
天皇陛下さまを怨んだこともありました。しかし苦しんでいるのは私だけではなかったのでした。天皇陛下さまも苦しんでいらっしゃることが今わかりました。今日からは決して世の中を呪いません。人を恨みません。天皇陛下さまと一緒に私も頑張ります。
この言葉に、側にいた青年がワーッと泣き伏した。「こんな筈じゃなかった。こんな筈じゃなかった。俺がまちがっておった。俺が誤っておった。」
シベリア抑留中に、徹底的に洗脳され、日本の共産革命の尖兵として、いち早く帰国を許されていた青年達の一人であった。今回の行幸で、天皇に暴力をもってしても戦争責任を認めさせ、それを革命の起爆剤にしようと待ちかまえていたのである。天皇は泣きじゃくる青年に、頷きながら微笑みかけられた。
■10.復興のエネルギー■
九州御巡幸では約190カ所にお立ち寄りになり、各県とも6、7割の県民が奉迎したので、約700万人とお会いになった。
御巡幸はその後も、四国、北海道と昭和29年まで続き、8年半の間に昭和天皇は沖縄をのぞく、全都道府県をまわられ、お立ち寄り箇所は1411カ所におよんだ。奉迎者の総数は数千万人に達したであろう。
戦のわざはひうけし国民を思ふこころにいでたちてきぬ
わざはひをわすれてわれを出むかふる民のこころをうれしとぞ思ふ
国をおこすもとゐとみえてなりはひにいそしむ民の姿たのもし
(*なりはひ=しごと)
大日本帝国が崩壊して、始めて国民は間近に天皇を拝する機会を得た。驚くべき事に、それは人々と共に悲しみ、涙を流す天皇であった。一人ひとりが孤独に抱えていた苦しみ、悲しみに、天皇が涙を流された時、人々は国民同胞全体が自分達の悲しみ、苦しみを分かち合ってくれたと感じ、そこからともに頑張ろう、という気持ちが芽生えていった。戦後のめざましい復興のエネルギーはここから生まれた。
昭和63年9月、昭和天皇が病床につかれると、全国の御平癒祈願所に約9百万人が記帳に訪れた。40数年前の御巡幸で昭和天皇に励まされた人々も少なくなかったであろう。
昭和天皇は病床で「もう、だめか」と言われた。医師たちは、ご自分の命の事かと思ったが、実は「沖縄訪問はもうだめか」と問われたのである。御巡幸の最後の地、沖縄に寄せられた昭和天皇の御心は、今上陛下によって平成5年に果たされた。
僭越ながら陛下が77歳の御誕生日を迎えられたことを臣民の一人としてお祝いさせていただきます。
天皇陛下万歳。日本国万歳。
21日に閉会した愛媛県議会最終日に「子供手当の地方負担反対意見書」が採択された。
当然だろう。来年度以降は子供手当に地方負担は無しと政府が明言していたのだ。一方的に地方負担継続を求めている政府は地方を裏切っている。必要な財源がないならば潔く子供手当など廃止すべきだ。潔く・・・民主党には一番縁遠い概念だな┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~
とにかく、これが愛媛県の意思だ。私は愛媛県民の一人としてこの意見書を支持し、さらに子供手当の廃止を求める。
政府与党は地方の、国民の声を聞け!
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政府は、平成22年度予算から導入した子ども手当について、全額国費負担で実施するとの方針を繰り返し表明してきたが、平成22年度予算では「暫定措置」として地方負担約6,100億円が盛り込まれた。
本来、全額国庫負担が原則だった子ども手当について、原口一博前総務大臣は国会答弁等で、地方負担を平成23年度以降は継続しないことを明確にしていたにもかかわらず、現政権は来年度以降も地方負担を求めるとの考えを示している。
子育て支援は、地域の実情に応じ地方自治体が創意工夫を発揮できる分野を地方が担当すべきであり、子ども手当のような全国一律の現金給付については国が担当し、全額を負担すべきである。こうした内容について地方との十分な協議もないままに、来年度予算でも地方負担が継続されることに強く反対する。
よって、国におかれては、平成23年度以降の子ども手当について、現行の地方負担を廃止し、全額国庫負担で行うよう強く要望する。
以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出する。
平成22年12月21日
愛 媛 県 議 会
提出先
衆議院議長
参議院議長
内閣総理大臣
総務大臣
財務大臣
厚生労働大臣
内閣官房長官
国家戦略担当

期 日 平成22年12月23日 (木曜日 祝日)
参入門 皇居正門(二重橋) (午前9時30分~午前11時20分)
退出門 坂下門,桔梗門(ききょうもん),大手門,平川門,北桔橋門(きたはねばしもん)
お出まし(予定) ○天皇皇后両陛下
皇太子同妃両殿下
秋篠宮同妃両殿下
第 1 回
第 2 回
第 3 回
【午後の一般参賀(記帳)】
場 所
参入門
退出門
日本経済の問題点をとても分かりやすく説明してくれています。動画だから活字よりとっつきやすくてお手軽(*^ー゚)b
ぜひご覧ください。
デフレ不況に苦しむ日本経済の現状や仕組みを『お宝池のカフェトレジャ』に集う人々を
今回、ボイスドラマ化で取っ付き難いマクロ経済を益々楽しく、解りやすく解説してくれ
http://www.youtube.com/watch?v=MLRsbnAX-kY&feature=player_embedded
http://www.youtube.com/watch?v=L3AzTjVE8Bk&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=J1WuFXu_E6I&feature=related
ねずきちの ひとりごと 様より転載です。
硫黄島(手前に見えるのが擂鉢山)
カン総理が、硫黄島に行かれましたね。
戦後、総理として硫黄島に行かれた方が少ない中で、日本の内閣総理大臣が硫黄島に行かれたという事実は、評価すべきことと思います。
しかし彼は、軍手で手を合わせていましたね。
ああいうところに、本心があらわれてしまう。
そもそも一方において自衛隊を暴力装置呼ばわりした閣僚を野放しにし、一方において尖閣問題や南北朝鮮の砲撃合戦があり、現実に竹島を武力で制圧され、北方領土にはロシアの大統領やら副大統領やらが公然とやってきているというこの国際情勢の中で、ただでさえ要員数が不足して身動きがとれない自衛官をさらに人数を圧縮するなどと、公然と述べている総理が、なんでこの時期に硫黄島なのか。
そして堂々と軍手で手を合わせるという非礼をマスコミを通じて発表する。
なんだか情けなくてたまりません。
硫黄島については、昨年6月に「硫黄島の星条旗と日章旗」という題で、文章を書かせていただきましたが、今回、このカンソーリ事件に鑑みて、その記事を再掲したいと思います。
硫黄島の思いを、みなさんと再確認したいのです。
~~~~~~~~~~~~~~
硫黄島の戦い(昭和20(1945)年2月16日~同年3月26日)は、大東亜戦争末期に小笠原諸島の硫黄島において日本軍とアメリカ軍との間に生じた戦闘です。
日本軍は、20933名の守備兵力のうち20129名までが戦死した。
大東亜戦争後期の島嶼での戦闘において、アメリカ軍地上部隊の損害(戦死・戦傷者数等の合計)実数が、日本軍を上回った壮絶な戦いでもあります。
また、第二次世界大戦中にアメリカ海兵隊に与えられた名誉勲章の、実に4分の1以上が、硫黄島侵攻部隊のために与えられてもいます。
さらに米海軍は、いくつかの艦船に「イオー・ジマ」と命名している。
大戦後に制定されたアメリカ海兵隊記念日は、硫黄島の戦いにおいて、同島の擂鉢山に星条旗を立てた日でもあります。
そして戦没者を弔う米国立アーリントン墓地のアメリカ海兵隊戦争記念碑は、硫黄島の戦いで掲げられた星条旗をかたどったものとなっています。
当時、全米で新聞紙上を飾った硫黄島の戦いを象徴する写真
今日書くのは、この写真にまつわるお話です。
硫黄島は、その字のごとく、島全体に硫黄が噴き出す島です。
地下壕内の温度は、摂氏50度に達するところです。
地下壕内に水はありません。
壕内にこもる将兵の水は、だから外からパイプで、壕内に引きこんだ。
だからパイプは、この写真が撮られたとき、まだ壕内にいる日本の将兵たちの命を支えるためのパイプだった。
そして、そのパイプが、写真に写っている旗を掲げるためのポールです。
写真に写っている星条旗は、最初に掲げられたものではなく、いったん掲揚されたあと、あらためて写真撮影のためにと、大型の星条旗を掲げた、そのときのものです。
AP通信の写真家ジョー・ローゼンタールが写したこの写真は、同年のピューリッツァー賞(写真部門)を受賞し、実は創立以来常にその存在意義が問われ続けていたアメリカ海兵隊は、この写真によって水陸両用作戦のプロとしての存在を広く世界へ向けて示した。
この光景を目撃したフォレスタル海軍長官は「これで海兵隊も500年は安泰だな。」と語ったといいます。
また、実は、硫黄島の戦いの時点で、米国政府は歳費を使い果たし、ほとんど破産に瀕していたけれど、その膨大な戦費を民間からの寄付によってからくも調達した。その調達の際に使われた写真が、この写真だったし、写真に写っている兵士たちは、全米各地を回り、寄付金を得るための講演をしてまわっていた、というのも、有名な話です。
この旗について、映画に出てこなかった実話があります。
実は、米軍が擂鉢山に星条旗を掲げた翌日、摺鉢山守備隊の日本兵がこれを奪還して、日章旗を掲げていたのです。
米軍は、この日章旗を引きずり下ろし、火炎放射器で焼いたそうです。
そして、かなり時間をかけて、次の星条旗を掲げた。
更に、何と、この二度目の星条旗も、日本側の守備隊は奪い取っています。
そして今度は、やや赤茶けた色の日の丸の旗が掲げられたそうです。
そうです。日輪のところを血で染めて作った日の丸です。
この旗も、三度、星条旗に変わり、その後、日章旗に戻ることはなかったといいます。
このときの様子を、当時17歳の通信兵だった秋草鶴次さんが手記に記しています。
(「17歳の硫黄島」秋草鶴次著)
米軍は、上陸5日目に、硫黄島南端の摺鉢山に星条旗を掲揚した。
秋草通信兵はそのとき、島の周囲に展開する米側の艦船群から汽笛が鳴らされ、上陸していた多数の米将兵から一斉に歓声が上がり、口笛が吹かれるのを聞いています。
大変、賑やかであったようです。
その翌日、秋草通信兵は、摺鉢山の頂上に今度は日章旗がへんぽんと翻っているのを見た。
「守備隊は頑張ってるな」と、思わず感涙にむせんだと記しています。
このとき日本兵が立てこもる地下壕の中は、凄惨を極めていたそうです。
水も食料もありません。
蚤や虱は、追っ払うのでなく、捕まえ、つぶして食べた。
傷口が化膿してウジ虫がわいてきますが、それも口に入れます。
噛んで汁を吸い、ついで皮を噛み砕こうとしますが、これが意外と堅かったそうです。
また、実家で豚の餌に、炭を混ぜていたことを思い出し、炭も口にした。
壕の中は、息苦しく、ありとあらゆる不快な臭いに充ちていたそうです。
天然の硫黄臭、排泄物や死臭はもとより、流れ出た血の腐臭など、耐え難いものだったことでしょう。
死体からは燐が流出します。
燐は、浮遊しながら、あちこちで燃えて火の玉となった。
「ひとだま」です。
大怪我をしていた秋草通信兵は、まどろみ、もうろうとなり、三途の川らしき光景に身を置くところまで見たと言います。
敗色濃厚となった頃、米軍から投降の呼びかけがあったそうです。
既に捕虜となっていた日本兵が「戦争は終わった。米軍は安全を保証する。心配ない。みんな安心して出てきてくれ。」と放送して回ったりもした。
しかし日本兵は誰も応じなかったそうです。
なぜでしょうか。
硫黄島の戦いのあった前年(昭和19(1944)年)夏、アメリカ軍はサイパン島を攻略し、11月からB-29で日本本土への長距離爆撃を開始しました。
硫黄島は、サイパンと日本本土のちょうど中間地点にあります。
ですから日本にとって硫黄島は、日本本土へ向かうB-29を見張り、無線で報告する早期警戒システムの索敵拠点でもあった。
硫黄島を拠点として、日本軍は戦闘機をB-29の迎撃に向かわせることもできたのです。
実際、日本軍の爆撃機飛龍や銀河・一式陸攻が硫黄島を経由してマリアナ諸島にあるB-29の基地を急襲し、地上のB-29に損害を与えています。
12月には、硫黄島を飛び立った零戦隊「第一御楯特別攻撃隊」は、サイパンのイスレイフィールド・アスリート両飛行場を機銃掃射し、11機のB-29破壊し、8機に大きな損害を与えています。
このことは米軍にとって脅威です。
日本軍の硫黄島守備隊の存在によって、米軍は、グアム、サイパンからの出撃に際して、B-29に護衛の戦闘機部隊を随伴させることができません。
なぜなら距離の関係上、小柄な戦闘機はガソリンが持たないのです。
また日本上空で損傷を受けたり故障したB-29が、小笠原諸島で不時着することも多かった。
ちなみに、不時着して拿捕されたB-29から日本軍は航空燃料やオイルを抜き取り、これをゼロ戦や紫電改に用いました。
当時の日本軍は、オクタン価の低い粗悪なガソリンで飛行機を飛ばしていたのですが、米軍のガソリンやオイルを使って戦闘機を飛ばすと、機体の性能が「眼の球が飛び出るくらい」向上したそうです。
さて、日本からしてみれば本土防衛の拠点、米軍からみれば日本への攻撃のための拠点である硫黄島を、米軍は占領することを決定します。
占領の目的は、次の通りです。
1 日本軍航空機の攻撃基地の撃滅
2 日本軍の早期警報システムの破壊
3 硫黄島を避けることによる爆撃機の航法上のロスの解消
4 損傷爆撃機の中間着陸場の確保
5 長距離護衛戦闘機の基地の確保
このことは、日本からすると、硫黄島を死守することは、上記の目的の裏返し・・・を達成することにもつながるということです。
すなわち、
1 米航空隊を本土に来襲する前に撃滅する
2 米軍の空襲を早期に発見する
3 米軍の爆撃機に戦闘機の保護をつけさせず、まる裸にする。
前にも書きましたが、爆撃機というのは、大型であって荷物(爆弾)をいっぱ積んでいます。
当然機体は重いし、派手な宙返りなどはできない。
戦闘機からしてみれば、爆撃機というのは、ある意味、ネタでもあったのです。
だから大型の爆撃機は、機体の四方八方に機銃を並べて防御力を強化している。
これは、そうしなければならない事情があったから、です。
昭和20年になると、日本は、すでに制空権、制海権を奪われています。
その中で、硫黄島への補給は困難を極めたし、何もない島しょにおいて、補給困難というのは、島が長く持ちこたえられないということでもある。
つまり、硫黄島守備隊は、はじめから玉砕戦を戦う。
島に駐屯している2万人全員が死ぬのです。
なぜ死ぬとわかっていて戦うのか、不思議に思う人もいるかもしれません。
けれども答えは簡単なことなのです。
硫黄島を米軍に奪われれば、米軍は硫黄島に航空基地を作ります。
そうすると、B-29が、戦闘機の護衛を受けながら、なにはばかることなく日本本土上空に飛来し、爆弾の雨を降らせます。
そうすると、爆撃を受けた町で、大勢の日本人が死ぬのです。
戦士であれば、自分が戦って死ぬのはある意味、本望です。
しかし、銃後を守る婦女子や非戦闘員、爺ちゃんや婆ちゃんや、オヤジやお袋、愛する子供たちが、みすみす犠牲になるとわかっていたら。
手の届かない上空から、無差別に爆弾を落とされて、真っ赤に焼けて死んで行くのだとしたら。
そんなのを指をくわえて見ているなんて、人間のすることじゃありません。
だから戦う。
米軍に、硫黄島を絶対に渡さない。
島にこもる全員が玉砕することになったとしても、その戦いを長引かせることで、ひとりでも多くの同胞が疎開し、助かるようにする。
それが、硫黄島守備隊のひとりひとりの覚悟であり任務であったのです。
だから硫黄島守備隊は、上陸部隊にできるだけ大きな対価を支払わせ、日本本土への進攻を1日でも遅らせる決意をしていたのです。
いちにちでも多く硫黄島を守り抜けば、それだけ日本本土にいる多くの人々が、疎開できます。
いちにちでも多くの日を稼げば、多くの日本人が、ひつつでも多くの防空壕を作ることができます。
すこしでも深く防空壕を掘ることができます。
そのための石礎となろう。
そのために死のう。
その決意と覚悟で、2万人の硫黄島守備隊は決死の戦いに臨んだのです。
ペリリューの戦いでは、日本軍は地下陣地を活用して長期の抵抗に成功しています。
栗林中将率いる硫黄島守備隊は、この戦術をさらに発展させ、地下陣地による持久抵抗によって、いちにでも長く敵を硫黄島に踏みとどまらせ、上陸部隊をすり減らすという作戦を選択します。
客観的な数字を申し上げたいと思います。
硫黄島を奪われたあとのことです。
米軍は、日本本土にB-29で空爆を行いました。
東京だけでも、死者83793名、負傷者40918名の被害が出ています。
ただ、このときの被災者は、1,008,005名です。
被災家屋は268,358戸にのぼる。
その中で、死傷者あわせて124711名です。
米軍は、1平方メートルあたり、3発の焼夷弾を、東京という木造家屋が密集した町に落とし、東京中を焼いて焼いて焼きまくったのです。
にもかかわらず、死傷者の数が被災者数に対して意外とすくないのは、硫黄島守備隊が、およそ1か月半にわたる長く苦しい戦いを戦い抜いてくれたおかげなのです。
硫黄島守備隊が米軍を釘づけにしている間に、多くの人々が疎開したり、防空壕の強化をすることができたのです。
冷静に考えていただきたのです。
もし、疎開がまだ十分に進まない、防空壕など、空襲対策も十分でない状態で、本土空襲が行われたら。
どれだけ多くの民間人が亡くなったか。
おそらく東京だけでも100万人以上の死者が出たといえるのではないでしょうか。
つまり、いまを生きている私たち日本人は、このとき命を犠牲にしてまで苦しい戦いを戦ってくださった父祖のおかげで、いまを生きている。
そのことに、私たちは、深く感謝しなければならないと思うのです。
そしてそのことは、人として当然のことなのではないかと思うのです。
秋草さんは、
「死んで行った戦友に、この六十年戦争が無かったんだから、その死は無意味ではない。そう言ってやりたい」
と語られました。
おそらく、この稿を読まれている方でも、戦争に賛成だとか、戦争を賛美するような人は、誰もいないと思います。
誰だって自分の体にわいたウジ虫など、食べたくないです。
しかし、そうまでして我々の祖先が守り抜いてくれたこの日本という国を受け継いだ私たちは、今度は私たちの子や孫、そして子孫のために、やはり住みよい素晴らしい国日本を残せるように、努力しなくちゃいけない。
そう、思うのです。
他国と仲良くすることは、大いに結構です。
外国人がたくさん日本列島にやってくることも、結構なことです。
しかし、日本を攻撃し、日本の文化を破壊し、日本の奴隷化を目論むような、とんでもない連中まで、ニコニコ笑顔で呼びこむ必要など、全くない。
世界には、いまだに日本と戦争をしている気になっているおかしな国があります。
そしてそれらの国々は、日本だけでなく、平和を愛する周辺国、さらには自国民に対してまで、人命軽視の非道を公然とやってのけている。
実際、東トルキスタンや、ネパールで何が行われたか。
反日教育を受けた半島人が、現にいま日本で何をやっているか。
在日韓国人の魯漢圭は、在日韓国人のための民団の新聞にこう書いています。
「もはや裏社会は我々(在日韓国人)が制圧した。その暴力と経済力を背景に日本の政官財界を侵略する。60万在日の経済力は日本経済の2割に相当し、それは実に韓国の経済力の2倍という凄まじい物だ。
経済力に加え、地方参政権によって政治力も手に入れ、やがては軍事力も手にした日には完全に日本から独立した、世界で最も豊かな国家を手に入れることが出来る。
もはや完全に在日の奴隷状態の日本人には、在日国家の軍門に下って貰うことになる。
こうして、在日朝鮮民族はアジアの頂点に立つことが可能となり、半島と日本を実質支配する」
この国には、私たちを守るために、自分のからだにわいたウジ虫まで食べて戦い、玉砕し、散っていった人達がいたのです。
その英霊たちのおかげで、いま、私たちは生きています。
擂鉢山の頂上に、ぺんぽんとひるがえった日章旗。
米軍が建てた星条旗は、地下壕に立て篭もる日本の兵隊さんたちの貴重な水確保のためのパイプでした。
そのパイプを取り返し、星条旗を外して雨水導入管として利用すれば、彼らは今宵の一杯の水を確保できたのかもしれません。
しかし彼らは、気温50度に達する地下壕にいて、自分たちの水より、擂鉢山のてっぺんに高々と日の丸を掲揚することを選び、実際、それを実行してくれた。
みんな死んでしまいました。
だから、このとき、どなたが、なんていう方が日の丸を掲揚してくださったのか。
赤黒い血で描いた日の丸は、誰の血だったのか。
いまもう、誰にもわかりません。
けれども、この日、米軍の掲げた星条旗を引きずりおろして、硫黄島に日章旗を高々と掲揚してくれた日本人がいたという事実を、私たちは決して忘れてはならないのではないかと思うのです。
Battle of Iwo Jima 硫黄島の戦い
http://www.youtube.com/watch?v=OVVdSX_gDH0&feature=player_embedded
硫黄島で散華された栗林忠道中将のお孫さんが、現衆議院議員の新藤義孝氏です。
(HP=http://www.shindo.gr.jp/index.php
ちなみに、12月20日までですが、現在、衆議院埼玉1区・4区・6区・14区の衆議院議員候補者を、募集中です。
我こそはと思う方、応募されてみてはいかが?
【募集要項は↓コチラ】
http://www.jimin-saitama.net/koubo.html
My日本の日記より転載です。
前仙台市長 梅原克彦氏 特別講演会
演題「新潟市よ、進んで中国の餌食となるのか」
現在、新潟市が直面している
「中国総領事館拡張移転問題」「中華街構想」などについて、
非常にわかりやすく・丁寧に解説して下さいました。
すばらしい講演でした。ほんと良かったです(`・ω・)o
会場にいらっしゃった方も、来られなかった方も、
梅原さんのお話をぜひ、多くの皆様に聞いてほしいです。
講演会を収録した音声ファイルをアップしました。
http://www1.axfc.net/uploader/P/so/82642&key=china
http://menta.orz.hm/up/download/1292857456.zip
http://sn.mars.epac.to/D/up.cgi?mode=dl&file=7690
http://ichigo-up.com/1/download/1292861289.zip
[DLのパスワードは“china”です。全部同じファイルなので
繋がりやすい所1カ所をご利用ください]
内容は
1.開会挨拶(深谷成信・山田洋子) 16分
2.梅原克彦講演会 1時間34分
3.質疑応答 28分
4.講演会を聞いた市民の座談会 12分
(ボイスチェンジャー仕様)
【拡散希望】です。m(__)m 宜しくお願い致します
講演より
「どうしてこのプロジェクトが問題なのかと言うことを、
新潟市・新潟という街、ひいては日本の国全体の将来の問題として、
(近未来の問題として)お考え頂くようにそして周りの方々にお伝え頂くように、
心からお願いを致しまして、私のお話を終わらせて頂きます。ご静聴ありがとうございました」
12月18日の渋谷 国民大行動・デモ行進、チャンネル桜の動画が出ました。
デモ行進は最終的に4000人にまで膨れ上がったようです!さらに、ハチ公前広場での街宣活動には、警察発表で8000~10000人が参加しました!!
事件発生から3か月以上経過し、マスコミの尖閣に関する報道がなくなった現状でのこの参加者数!
改めて確認しました。日本人の覚醒は本物です!!
もはや民主党をはじめとする売国奴たちなど恐れるに足りません。堂々と真正面から粉砕してやりましょう!!
http://www.youtube.com/watch?v=ERqhKZRDjIs
http://www.youtube.com/watch?v=d-yLZLJGCSk&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=LF24fBr2bJg&feature=mfu_in_order&list=UL
本当に、日本と日本人が大好き(はぁと)♪ ─ たちあがれ日本様より転載です。
平沼赳夫氏を狙う悪質な工作か? 日本国際フォーラム政策委員会の「大量移民のすすめ」
「たちあがれ日本」の平沼代表が、大量移民に賛成しているというのは、
デマだそうです。
よかった。
信じてはいましたが、
裏がとれました。
以下、「ベッラ・カンタービレ Bella Cantabile 精彩地唱歌」さんから転載させていただきます。
http://blog.goo.ne.jp/bellavoce3594/e/0253653393881f21dae97f454cb7d694
--------------------------------------------
---(転載ここまで)-------------------------
http://ganbarenihonaichi.blog24.fc2.com/blog-entry-117.html
【緊急告知】中国領事館移転問題反対集会
名古屋市在住の皆さま特に北区、西区、東区にお住まいの皆さまへお知らせです
中国領事館移転問題反対集会を行います。
この地域には近くに拘置所がありますが、以前は高い塀で囲まれ
外見からも威圧感を感じさせるものでしたが、住民の要望で
高い塀は取り壊された経緯があります。
ですが、中国領事館ができればそのような要求は通りません。
3,000坪もの広大な敷地が高い塀で囲まれる事になります。
本当に良いのですか? 皆さんの街ですよ
中国が怖いから声を挙げない?それともよく解らない?
皆さんの子供や孫の為に私達が出来る事をしませんか
大勢のご参加をお願いいたします。
日時 : 平成22年12月21日 (火)
午後7時~8時半
場所 : 六郷コミュニティセンター
名古屋市北区大曽根3-15-90
電話(052)982-0165
電話(052)981-6837※木曜日以外の問い合わせ
JR・名鉄・地下鉄 大曽根駅 徒歩5分
駐車場ナシ。お近くの駐車場をご利用ください。
担当: 小林 nihonwaskainotakara@gmail.com
林 080-1629-8080
定員60名ほどの会場ですので、
上記アドレスにメールか電話で
お知らせいただけるとありがたいです。
ねずきちの ひとりごと 様より転載です。
支那の旧暦で、今日(12月15日)は、赤壁の戦いで孫権・劉備連合軍が、曹操の船団を打ち破った日(建安13(208)年11月20日)です。
この赤壁の戦いについて、吉川英治の「三国志」赤壁の巻に、以下のような文章があります。
~~~~~~~~~~~
ただし、曹操としてもこんな一片の文書だけで呉が降参してこようとは決して期待していない。
いかなる外交も、その外交辞令の手元に、これがお嫌ならまた別なご挨拶をもってといえる「実力」がいる。
彼は、呉へ檄を送ると同時に、その実力を水陸から南方へ展開した。
~~~~~~~~~~~
で、このとき曹操が南下させた兵力が50万。さらに曹操に降伏した荊州の兵を合わせ、曹操は、100万と号する大軍を呉へ差し向けます。
有名な物語なので、みなさんご存知のことと思います。
大切なことは、三国志の時代というのは、西暦200年から220年頃の物語ですけれど、現代社会でも、外交の本質はなんら変わっていない、ということです。
国内に安定したまっとうな政権があれば、法によって正義が断行されるし、法を犯すような悪いことをすれば国家が警察力を行使してその者を逮捕拘留、あるいは場合によっては死刑に処します。
しかし、国際関係においては、残念ながら法も、世界政府も存在しません。
1800年の昔も、いまも、力が正義なのです。
だからこそ外交には、「これがお嫌ならまた別なご挨拶をもって」といえる「実力」がいる。
領海を侵犯してきた船があれば、有無を言わせず実力を行使してこれを撃退する。
自分の家に勝手に泥棒が入り込んできたら、実力行使してこれを撃退する。
あたりまえのことです。
そんなあたりまえのことを、あたりまえと認識して来なかったのが戦後の日本と言う国家です。
一緒に努力しましょう。頑張りましょう。経済協力します等々、日本から金銭や技術を持ち出して、先方に貢献する話なら、いくらでも可能です。
要するに利益誘導というものです。
しかし度を越した要求や援助は、今度は逆に国益を損ねる。
ひとくちに「国益」というと、どっか遠くの誰かのお話のように感じる人が多いけれど、「国」というものが、わたしたち国民ひとりひとりの集合体である以上、「国益」というのは、「わたしたち国民ひろりひとりの利益」です。
おかげで支那などは、日本を追い越した経済大国になったいまでも、まだ図々しく日本から毎年、数千億円のお金をせびっているし、韓国は、財政が破たんしそうになるたびに、日本から大金を借り受け、支払期日がきても、一向にその支払いをしていない。
日本は脅せば金が出る、彼らにとってのいわば打出の小槌になっている。
それだけじゃない。
支那や朝鮮の犯罪者、凶悪な殺人鬼や連続窃盗犯、連続強姦殺人鬼など、支那や韓国にいたら迷惑至極な連中までも、日本に大挙してやってきて、検挙後も、なんと日本の刑務所で冷暖房健康診断風呂付で生活の面倒までみている。
日本の刑務所は、支那人やコリアンでいっぱいになっているのに、日本政府は、そんな支那や韓国に文句のひとつもいうことができない。
要するに、
~~~~~~~~~~
これがお嫌ならまた別なご挨拶をもってといえる「実力」
~~~~~~~~~~
が、根本的に日本に欠落している。
ひらたく言ったら、日本政府が「腰ぬけ」なのです。
いい悪いは別として、日本が「連合国統治領日本」であるのなら、それでもいいかもしれない。
しかし、幸か不幸か、日本は昭和27年のサンフランシスコ講和条約で、主権を取り戻したのです。
その瞬間から、日本は、独立国として、二本の足(陸海軍)と、両手の翼(空軍)を保持し、自主憲法を有し、国家としての独立と自尊を取り戻さなければならなかった。
諸説あろうかと思いますが、今日の日本の「惨状」は、昭和27年からの数年間の間に、日本が日本を取り戻す努力を怠ったことに、すべての原因があるといえるかもしれません。
もちろん、当時の状況を考えれば、そうぜざるをえなかったという事情はわかります。
昭和27年といえば、日本はまだまだ貧しく、国家として国民が衣食すら満足に得られないほど疲弊した状態にあった。
その状態で、莫大な国費がかかる陸海空の軍事力を整え、海外の戦場にまで兵を派遣するだけの実力は、当時の日本には到底なかった。
ですから当時の大物といわれる政治家たちが、最大限の配慮を払いながら日本を平和国家として生きれるよう選択をしてくれたということに、やはり、わたしたちは感謝しなければならないと思う。
しかし、だからといって、昭和27年からのサンフランシスコ条約以降、58年間ものお長きにわたり、連合国統治領日本のための最高法規(日本国憲法)を放置し、本来陛下のもとに独立した「軍」であるべき陸海空軍を、行政機構の一部としての「自衛隊」のままに据え置いたというのは、日本国民の怠慢です。
では、どうするか。
実は、対策は非常に簡単なことなのです。
衆議院を解散に追い込み、総選挙によって、保守系議員が3分の2の議席を取るだけでよい。
小選挙区制なのです。
昨年の衆院選で、自民と民主の票差は、ごくわずかなものにすぎなかったけれど、議席数は圧倒的大差になった。
これが小選挙区制というものです。
ならば、次の衆院選で、こんどは保守系が圧倒的大差の議席を取ればよい。
ミンス党が、これだけ大ポカをやっているのです。
これで勝てなきゃ、どうかしている。
保守系議員が衆院で3分の2以上の議席を獲得したら、その時点で、現行の日本国憲法を占領統治下の最高法規として、「無効」決議する。
すると、その瞬間に、日本国の憲法は、大日本帝国憲法に復活する。
そのうえで、教育勅語を復活し、自衛隊を陸海空の三軍に昇格し、反日左翼系の学者等を公職追放する。
これは、決して流血騒ぎを伴うようなだいそれた話ではありません。
現行法規の中で充分にできることです。
「できること」なら、やろうじゃないですか。
そしていま、これをすることが、人類全体、世界全体にとって必要不可欠なことなのであると、申し上げたいのです。
いま、世界はまさに岐路にたたされています。
嘘と、虚言妄言で人心を壟断し、人の命を奪うことすらなんとも思わない、まさに悪魔の大国である支那に世界を委ねるのか、それとも正義と人権を尊重し人の和と人々の暮らしの向上こそ大事と考える日本が正義を貫くのか。
日本の保守が敗れれば、世界は暗黒です。
その暗黒は真っ先に日本を覆い、日本には言論の自由はなくなり、殺人や暴行が日常的に横行する混乱した社会がやってくる。
そんな社会が、日本国内でもうすでにはじまっている。
これを認めるのか認めないのか。
認めないなら、新たな政治の枠組みを、今度こそ日本人の手で築かなければなりません。
そしてそれをするかしないかは、すべて私たち日本国民の双肩にかかっているのです。
138 :本当にあった怖い名無し :2010/12/18(土) 19:29:44 ID:TuR8Hvve0
関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実
「朝鮮人虐殺」これも嘘か?
大正時代でもいろいろやってるな
139 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 19:43:06 (p)ID:MdNzC0B20(4)
関東大震災「朝鮮人虐殺」の発端は、朝鮮人が暴れだしたからだろ。
それで日本人が自衛をはじめた。
その過程で、当時のマスゴミが朝鮮人が毒を井戸に投げ入れた とか煽ったからだと聞いてますが・・。
140 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 19:57:53 ID:yOJ/36gE0
デマが信じられちゃうほど素行が悪かったんだろ
141 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 20:04:34 (p)ID:vuvTI2DS0(3)
実際、地震直後の混乱に乗じて集団で放火や略奪をはたらき、軍隊によって鎮圧されているからねぇ。
鮮人なら井戸に毒を入れるぐらい平気でやるだろうって、誰もが考えていたと思うわ。
142 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 20:05:47 ID:78r49oSY0
虐殺自体は、あった。
否定するつもりは毛頭無いが、デマと言われた事が、実際に無かった訳じゃない。
放火・盗み・強姦等々、不逞朝鮮人は多数捕まってるし、実際にそういう工作もした。
そして、亡くなった数も実際には、震災の被害で亡くなった人の方が多いと・・・
その辺が事実らしいんだが、国家としては、これ事実関係を調べるつもりは無いらしい。
143 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 20:10:35 (p)ID:sgXOfLIv0(4)
(p)http://www.gazo.cc/up/22183.jpg
(p)http://www.gazo.cc/up/22184.jpg
(p)http://www.gazo.cc/up/22185.jpg
はい、朝鮮人虐殺の真実
実は朝鮮人が日本人虐殺してました
それを相手がやったと嘘を言い張る朝鮮人いつものパターンですね
144 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 20:13:49 (p)ID:vuvTI2DS0(3)
>>142
「虐殺」というと、何の罪もない無抵抗な者を一方的に殺すようなイメージがあり、震災直後の事象を表現するには、少々不適当な言葉だと思う。
実態は、火事場泥棒的な鮮人暴動に対抗するための、一般国民による治安維持行動であり、日本人側による鎮圧よりもむしろ、事の発端である暴動の方ににこそ焦点を当てるべきじゃないだろうか?
145 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 20:16:02 (p)ID:sgXOfLIv0(4)
▼戦前、日本へ密入国しまくり犯罪しまくりだった朝鮮人
戦前日本在住朝鮮人関係新聞記事検索
(p)http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~mizna/shinbun/
↑このサイトの記事検索画面で、
「見出し」に「密航」と入力し、時期は「指定無し」で検索すると・・・
「分類」に「犯罪」と入力し、時期は「指定無し」で検索すると・・・
146 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 20:20:27 ID:FKF9zSHe0
>>142
あなたの言う虐殺の定義は?
言葉の定義をしっかりしておきたいんで。
南京大虐殺、従軍慰安婦、反日運動、更には、前回の民主の政権奪取。
まずイメージを大衆に植えつけて、(良いイメージ、悪いイメージ)
あとで、中身を作っていくという左翼の典型的なやり方なんでね。
どっかの民族の得意の囲い込みってやつだよ。
だから、言葉の定義はしっかりしておきたい。
何をもって虐殺というのか教えてもらいたい。
147 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 20:20:50 ID:1KWylCeU0
つまりは、“日頃の行いがいかに大事か”ということですなw
平時からの行動から見て、火事場泥棒してるのは奴らだ…となっても自業自得ですわ。
148 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 20:21:08 (p)ID:gAV43Czb0(4)
>138
それ、そのタイトルで本出てるよね。
少なくとも、現在巷間で言われているような「虐殺」ではなかったということだったような。
こないだの水間氏の本もだけどこれも図書館に入れろーって言わにゃならんなぁ。
149 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 20:36:18 (p)ID:FXz74y600(13)
>>143は「虐殺」とは言わないよな
爆弾や凶器を持った数千人の朝鮮人が強姦したり、放火しているのに日本人は黙ってされるがままにしていろと?
それはおかしいよ
結果的に不逞鮮人200人が死んだけど、これは自衛のためにであって「虐殺」ではない
150 :本当にあった怖い名無し :2010/12/18(土) 20:38:27 (p)ID:TuR8Hvve0(2)
「朝鮮人虐殺」
最近、在日やマスゴミがいわなくなったような気がする。
騒ぐと墓穴をほるからなぁ。
SAPIOに出たとき、やっと解禁(真実を暴く事)になったのかと思ったよ。
151 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 20:50:41 (p)ID:FXz74y600(13)
朝鮮人と共産勢力が暴力革命を起こそうとしたことがバレてしまうからねw
しかも、それらを掘り下げると大変なことになるしw
152 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 20:59:14 (p)ID:lpZIAaRi0(2)
うちの祖母が、関東大震災のとき、深川で奉公をしていて、
朝鮮人が井戸に毒を入れたって大騒ぎになったらしい。
母からのまた聞きだし、祖母はとっくに亡くなっているので、
確認のしようがないが。
・・・祖母に話を聞いておけばよかったな。
154 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 21:07:30 (p)ID:fE+scRIf0(2)
そのあたりの事が朝鮮人は被害者な視点で『龍-RON-』って言う漫画で描かれてたな、主要人物にキム・スンヨンって言う朝鮮人まででてくる、設定は日本人を憎んでいる少年w
『龍-RON-』 『ビッグコミックオリジナル』作者:村上もとか(仁-JIN-って言う漫画も描いてますね)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D-RON-
157 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 21:21:27 (p)ID:qn0gBs3G0(3)
★★★★★関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実 [単行本] 工藤美代子 (著)
あれは本当に「虐殺」だったのか?彼らの狙いは、皇太子だった!震災に乗じて半島から襲来したテロ集団の実態をあばき、悲劇の真相を糾明する衝撃のノンフィクション。
(p)http://www.amazon.co.jp/%E9%96%A2%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD%E3%80%8C%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E8%99%90%E6%AE%BA%E3%80%8D%E3%81%AE%E7%9C%9F%E5%AE%9F-%E5%B7%A5%E8%97%A4%E7%BE%8E%E4%BB%A3%E5%AD%90/dp/4819110837
朝鮮人側が「虐殺された!」と言う人数って南京大虐殺wと同じでどんどん増えて行くんだよね。
あとやつらの出してくる虐殺人数だと、震災で死亡した朝鮮人はゼロになり、全て虐殺されたことになるという酷さ
167 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 22:08:57 (p)ID:FXz74y600(13)
井戸に毒入れたかどうかは知らんが
数千人の朝鮮人が暴動を起こし、強姦や放火をしまくって軍隊が鎮圧に動いたのは事実だろ
日本人としたら
1、朝鮮人が暴動を起こした
2、井戸に毒を投げ入れた
どっちが問題とすべきかということですよ
「朝鮮人が井戸に・・・」を強調するのは朝鮮人だけw
168 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 22:15:25 ID:dCKLzYmI0
>>167
しかし今は、比べものにならない数が、入り込んでるからな…
チョン、チュン共に。
両方合わせると、東京都民数の十分の一くらいの数がいるんだよな。
それが一斉蜂起したらと思うと…やっぱ、公権力だけじゃ間に合わないだろうな。
自警団作って対抗しないと…
169 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 22:20:01 ID:nlix+PJe0
>>168
朝鮮戦争の時も朝鮮人がテロ起こしたしね。
170 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 22:22:44 (p)ID:lpZIAaRi0(2)
>>167
確かにそうだけど、井戸に毒を入れるのも一種のテロだと思うよ。
自分の住んでいるマンションの、貯水タンクに毒を入れられたらと思うとぞっとする。
171 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 22:29:12 ID:VEob2bQU0
>>147
韓国人が海外でいくら「日本人は悪い事ばかりする卑怯な民族ニダ」とわめいたところで、現地の人々が実際に目にするのは真面目で温厚で信用を裏切らない日本人と嘘つきでずるくてすぐ暴力を振るう韓国人ですからねー。
ほんと日頃の行いは大事ですよ。
173 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 22:29:55 (p)ID:FXz74y600(13)
朝鮮人が何故「井戸に毒」の話を必要以上に強調するかというと
混乱に乗じて数千人の不逞鮮人が爆弾や凶器を持って共産勢力と共謀し、放火、強姦、略奪をして日本を混乱させ、暴力革命を起こそうといた
「内乱罪」に相当する行為を犯したからだよwwww
174 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 22:30:23 ID:wsDfg4/80
関東大震災の時、朝鮮人は、強姦放火どころか、武器狙いで軍隊の駐屯地にカチコミかけてますがな。
だから我々一般人もさる事ながら、自衛隊の皆さんも重々気をつけて欲しいぬん。
176 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 22:37:36 (p)ID:FXz74y600(13)
その「内乱罪」として裁かれた不逞鮮人はどうやって擁護すればいいんですか?
1、「井戸に毒」の「噂」を信じた日本人が「無実」な朝鮮人を頃した
2、なんとなく虐殺されたニダ。嘘も百回つけば真実になるはずニダ
178 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 22:38:50 (p)ID:vuvTI2DS0(7)
>>174
そういえば、自衛隊の駐屯地の傍って、必ずといっていいほど朝鮮部落があるんだよなぁ。
ウトロとかも、完全にそうだったし。
180 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 22:42:39 (p)ID:raPTF3T20(7)
>>174
>武器狙いで軍隊の駐屯地にカチコミかけてますがな。
ガチで?とんでもねぇなぁ。クーデター起こす気満々だったんじゃねーか
>>178
そうなのか?工作目的がバレバレなんだけど。あからさまなヤツら
ウトロと言えば、祖国からの援助が途絶えて強制退去になるっぽいね
祖国から切られてるって、まだわかんないのがお目出度いw
211 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 23:52:52 (p)ID:qn0gBs3G0(3)
>>178 そうなんだ。以前このスレでも書かれていたと思うけど、
自衛隊のそばには、層化(勧誘目的)や中華クラブ(ハニトラ目的)なども多いというし、自衛隊員は、常に国内で戦闘状態だな。本当に有難うございます
214 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 23:58:04 (p)ID:KFhs8bKA0(8)
>>211
政治の中心地である赤坂も朝鮮人が多々いる
東京は狭いからね
地図見てビックリするほど一か所にある
185 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 22:51:48 (p)ID:FXz74y600(13)
>>176
という答えに至ったマスゴミと朝鮮人でした
もうすぐ朝鮮人の「差別」と「嘘」は日本社会で通用しなくなるよ
お前たちがシャベツと騒ぎ立てれば立てるほど自分の立場が悪くなるよ
もうすぐ在日外国人に生活保護が支給されなくなるよ
もうすぐ在日外国人に特別支給や留学生に支援金もなくなるよ
はやく祖国に帰らないと自分達の所業が全部自分達に還ってくるよ
186 :本当にあった怖い名無し :sage :2010/12/18(土) 22:56:44 (p)ID:FXz74y600(13)
悪いこと言わないからはよ帰り
日本が困窮するにつれて、物騒な事件が立て続けに起きてるだろ
何かの弾みでそれがお前たちに向けられたらどうなる?
因果応報と言いたいところだが、個人的にはそれは望まないよ
はよ帰り
18日に 『「民主党(菅)内閣」打倒!皇室冒涜糾弾!中国の尖閣諸島侵略阻止!国民大行動 in 渋谷』が3500人の参加を得て行われました。
私のように、仕事中でネットでも様子をうかがえなかった方も多いと思いますので動画を集めました。活動の様子をご確認ください。
動画が追加され次第、再アップしようと思います。
http://www.youtube.com/watch?v=-P4WlRy3hOk&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=dmscHqm2qtQ&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=ZBy01GgcFcg&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=GUCEt35TqXA&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=6Iu9sTm_Hi4&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=9mS9qtAjEd4
http://www.youtube.com/watch?v=2Rdulk4MLpQ&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=Tf0qPbnxuYI&sns=em
http://www.youtube.com/watch?v=F03G2Hy1jCo&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=8o9oKcB6h4w&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=-BIwj_hGIzk&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=Rp5i3MWJHoY&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=puCvzInwUCs&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=GsB6tarB49s&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=v8UbdL2c8YM&feature=mfu_in_order&list=UL
藤井厳喜先生による最新の世界情勢の解説です。
こんなことマスコミは解説しようともしないし、解説する能力もないでしょうね。
非常に勉強になります!必見ですよ!
http://www.youtube.com/watch?v=zo7S1GJCNG4
【米オバマ政権の変質―米露印・連携の確立と内政の混乱】
米オバマ政権は、2010年11月に非常に大きく変質、変身した。
外交・内政の両面で、2008年に大統領選挙に勝利した時に期待された方向性とは全く
先ず第一に、外交だが、アメリカはロシアとインドと連携して、チャイナと対立する方向
この路線転換は、1オバマ政権の外交方針の変質ではなく、恐らく今後、10年、20年
外交的な節目になった日付が二つある。
先ず11月6日にオバマ大統領はインドを訪問し、インドと戦略的な提携関係を結んだ。
インド訪問直後に訪問したパキスタンに対しては、極めて冷淡であった。
パキスタンとチャイナが外交的に連携している事は周知の事実である。
次の節目は11月20日である。
この日、NATO首脳とロシア首脳の会談があり、アメリカを含むNATOと、ロシアは
二つの点が重要である。
第一は、ミサイル防衛に関して基本的な協力が合意された。
第二に、アフガニスタンにおける戦争に関して、NATOが必要な物資をロシア・中央ア
つまりロシアが、NATOのアフガン戦争に兵站面で協力することになったのである。
NATO軍がアフガン戦争を終了して撤退する場合も、このロシア・中央アジアルートを
従来の主要兵站ルートはパキスタン経由であり、ロシアであったが、ロシア・中央アジア
いずれにしろ、これらの決定の背後にあるのは、アメリカとロシアが大きく戦略的な和解
総体として見るならば、アメリカとロシアとインドは、大きく連携し、チャイナやイスラ
つまり非常に大きな世界のパワー・ストラクチャーの転換が2010年11月に起きたの
目を転じてアメリカの内政を見ると、オバマ政権は11月の中間選挙の敗北もあり、大き
米下院で共和党が多数派になった事から、前ブッシュ政権の富裕層優遇税制の2年延長に
これに対するアメリカ貧困層の反発は激しく、米主要都市で反オバマの抗議運動が起きて
残念ながら、米マスコミも、あまりこの事を報道していないようである。
また、議会では反FRBの下院議員が、FRBを監視する小委員会の委員長にも就任して
つまり、オバマ政権は、右からは共和党に攻撃され、左からは従来の支持層である貧困層
ボン・ジョビというロック歌手をホワイトハウスの諮問委員会のメンバーに使命した事な
中国漁船は何処でもお構いなしだ。韓国のEEZに侵入した挙句、海洋警察官に鉄パイプで暴行を加える始末。
尖閣近辺の漁場は中国船が多く近づけないと漁師の方がおっしゃっているが、これでは当然だろう。警察官に暴行を加えるような連中の船が毎日100席近くうろついているのでは漁など出来るはずがない。
そして海上保安庁の任務の危険さが改めてわかる記事でもある。
こんな連中を取り締まる任務は正に命がけだ。決して恵まれているとはいえない環境で、このような乱暴者達を相手にせねばならない海上保安間官の方々には感謝の念しかない。
わけの分からぬ男女共同参画や子供手当てに10数兆円も使う予算があるなら、こういったところを優先するのが当然じゃないか。誰も異論はないはずだ。まず国民が声を上げよう。
中国漁船、韓国警備艦に突っ込み沈没…1人死亡
【ソウル=仲川高志】韓国海洋警察庁によると、18日、黄海にある韓国・於青島沖の排他的経済水域(EEZ)で、同庁警備艦の海洋警察官4人が中国漁船に停船命令を出し、小型ボートで漁船に乗り込もうとしたところ、漁船員から突然、鉄パイプで殴られるなどの暴行を受け負傷した。
漁船は警備艦に突っ込んだ後、沈没した。警備艦などが漁船員10人のうち7人を救助したが、1人が死亡、2人が行方不明となっている。同庁の警備艦やヘリコプターなどが捜索を行っている。
同庁によると、現場海域は魚種が豊富で、中国漁船による違法操業が後を絶たないという。今年に入り、同庁は中国漁船332隻を拿捕。取り締まり中の海洋警察官が中国船員から暴行を受けた事件は3件あり、計10人が負傷したという。
激安の中国産の裏側―今フィンランドで話題に
【新唐人2010年7月23日付ニュース】安くて便利な中国製品。しかしその安さの裏
フィンランドの中部地区で最大の新聞社『カベラ(Kavela)』は先日、「一部の中
記事に添えられた写真は、法輪功学習者の金さん。中国の収容所にいれられた母親の救出
報道は、金さんが書いた『中国製品の裏側』がきっかけでした。
陳さんは2年前、つまり北京オリンピックのひと月前に拘束されてから今まで、家族や弁
法輪功学習者 金昭宇
「母は今年で60歳、心配です。母の安否すら分かりません。何の連絡もなく、面会も出
今年の初め、フィンランドの雑誌『シエルン・ペイリ(Sielun peili)』も「迫害の陰の中、母を探す金さん」と題して大々的に報道。中国共産党
金さんによると、母親の陳さんはかつて肝臓癌の末期で、子宮筋腫もわずらっていました
最後に、金さんとフィンランド人の夫、トミーさんは「骨身を惜しまず、必ず母親を救い
http://www.youtube.com/watch?v=GFuJQpjiAFU&feature=related
昨日の記事« ウイグル自治区の精神ハンディキャップがある労働者たちは奴隷となっているとも内容が一致するな。
値段につられて中国製品を買うということは、弱い人々を踏みにじる行為に加担するということだ。
現状では完全に中国製品を除外することは難しいかもしれない。だが、代替製品があるなら多少高くともそちらを選ぶべきではないだろうか。
当ブログでは、中国製品の不買運動を推進しています。ぜひご協力を!
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \
国民は自民にお灸をすえるつもりが自分に特大のお灸をすえてしまった事が明白ですね。
:: :: (( ⌒ )
( ⌒ )) :: :: (( ) )
( ( )) )ヽ ( )
( ) .(人) :: (( ) )
:: ,i||i, :: ( ) 、z=ニ三三ニヽ、
:: ,:' ,' ':, :: ,,{{彡ニ三ニ三ニミヽ
. ,:' ;' ': ':, :: }仆ソ'`´''ーー'''""`ヾミi
:/"''::;;,,,,;;::''"\: lミ{ ニ == 二 lミ|
:|:::::: U |: {ミ| , =、、 ,.=-、 ljハ どうだ?
:|:::::::::::: U |: {t! ィ・= r・=, !3l お灸
.:|:::::::::::::: U |: `!、 , イ_ _ヘ l‐' 気持ちいいか?
:|:::::::::::::: }: Y {.┬=、__` j ハ ̄"''─-、
:ヽ:::::::::::::: U }: ,. -‐ へ、`ニ´ .イ / / ,, -‐‐ヽ
:ヽ:::::::::: ノ: /、 |l`ー‐´ / / -‐ {
:/:::::::::: く: / l l |/__|// /  ̄ /
_____ :|::有権者: / l l l/ |/ / /
一人当たりの国民所得がわずか一年余で25年前の水準にまで下落してしまっています。ま、アレだけ無茶苦茶やれば当然の結果ですね。
こうなる事がわかってた我々が巻き込まれてさえなければ、ホントに笑えるんですが (´Д⊂グスン
これならしぶとい民主支持者でも一目瞭然でしょう。早く目覚めろ。
>地方議会における「継続審査」は、ほとんどの場合、廃案となることが多い。
>あとは委員長報告で、 「閉会中の継続審査の申し出」をさせ、
>キチンと次の議会までの間に委員会を開催し、次の議会でも議題にすることが重要となる。
新潟市、1万5000筆の署名の採択を継続審議として決定先延ばしに
http://www.gazo.cc/up/22037.jpg
>『継続審議が必要』、との結論を下した委員長風間ルミ子氏には、市議会定例会の最終日(12/20)までに、
>『定例会閉会中にも委員会を開催し、審議を継続します』、と明言させる必要があります。
>『継続審議が必要』と言いながら、責任放棄したまま議案が市議会に引き継がれるようなことがあってはなりません。
>特に、委員長には、住民の皆さんで閉会中審議を促すFAXを。
http://ameblo.jp/namelessposting/
○12/20の議員運営委員会で2月3月の定例会の開催日程が決まります。
○来年春の統一地方選挙を経て委員会の構成メンバーが入れ替わるため
改選後の委員会には今回の請願は引き継がれません
○従って次の定例会でこの案件がもしも再び「継続審査」の判定を出された場合
自動的にこの議案は「廃案」とされます
(市議会議員の任期が切れた時点で継続審査中の案件は審議未了で廃案)
(本人が直接賛成・反対の意思を示さずとも実質的に請願を葬り去る事が出来る)
○時間もあまり無い事ですし、再度「継続審査」とされることを防ぐためにも
閉会中審査を強く求めていく必要があります
開催日程が決まればHP上に掲載されるそうです
http://www.city.niigata.jp/info/gikai_jimu/iinkai/iinkai_...
現在:文教経済常任委員会 →開催予定なし
地方自治法 第二編 第六章 議会
常任委員会は、議会の議決により付議された特定の事件については、閉会中も、なお、これを審査することができる。
議員が任期満了により改選された場合の継続審査の取扱い
http://www.pref.ibaraki.jp/bukyoku/soumu/chiho/gyosei/sou...
継続審査の終期は、住民が議員に間接代表権を付与した4年間の任期中に限定される
任期満了前の議会に提出された議案が採決されず継続審査とした場合、当該議員の任期満了をもって廃案となる。
※万が一「廃案」になってしまった場合再度一から請願をやり直さなければならない
また委員会審査→本会議に送る一連の流れの繰り返し
SakuraSoTV より
日本の伝統と文化を尊重し、真に国益を考える数多くの志士達が、現政権下で溶解してい
聞き手:中山恭子
ゲスト:西川京子(前衆議院議員)
http://www.youtube.com/watch?v=G8NiXt9vDPQ
http://rocketnews24.com/?p=62054
昨年7月6日に新疆(しんきょう)ウイグル自治区区都ウルムチで、ウイグル人への差別や生活水準が低い事への不満が引き金で暴動が起き、多数の市民が死亡する悲惨な結果になった事は記憶に新しい。
その事態を重く見た中国政府は、2010年以内に経済特区を新疆ウイグル自治区に設置し、生活水準の改善や経済発展、雇用創出を実現する事を決めたそうだが、未だウイグル人たちの現状は変わっていない様子。
特に悲惨なのは、精神にハンディキャップを持つウイグル人労働者たちである。彼らの現状を写した写真が中国の写真サイト「imagechina」に複数アップされているのだが、どの写真も見るのが辛くなるような物ばかりだ。
imagechinaによると、労働者たちが働いている中国の工場では、外から隔離され賃金も貰えず、無休でホコリとバクテリアまみれになりながら働かされ、脱走を試みた者は厳しい罰を受けるという。まさにこの世の地獄である。
中国政府はこの事実を真摯に受け止め、言葉だけではなく、一刻も早く然るべき対応をしなければならない。
隔離されて逃げ出せば厳しい罰を受け賃金もなし・・・完全に奴隷じゃないか。まさに地獄だ。これが中国に支配されてしまったものの末路だよ。
何が日中友好だ。なにが戦略的互恵関係だ。なにが東アジア共同体だ。まともな日本人は、こういうことを平気で行う中国共産党や中国人と握手する手など持ち合わせていない。そんなことを平気で言えるのは頭の中が真っ赤に染まったキチガイと目先の利益しか見えてない経団連の馬鹿どもだけだ。
日本には年に1万人以上も中国人が増加し続けている。ビザ要件も帰化要件も厳格にして中国人の増加を抑え、中国に隷属する民主党政権を打倒し、アジアで唯一中国に対抗できる国である日本がアジア各国・民族と協調して世界の癌の中国共産党を打倒する。これが日本の進むべき道だ。
男女共同参画基本計画が閣議決定された。
一番の関心事は選択的夫婦別姓法案であるが、記事を読む限りでは「引き続き検討」ということで、拙速な導入だけは見送られることになったということだろうか。これは要確認だ。
産経の記事を読んでもらえれば明白だが、この男女共同参画基本計画は日本人がそれこそ何千年もかけて築いてきた男女関係や家族関係を、ごく一部の愚か者の狭量な考えの下に強引に変えてしまおうとしている。男女の関係や家族関係は自然な流れの中で自然に変化していくべきもので、強引に変えてしまったら必ず悪影響が出る。
このような「男女共同参画」に10兆円近い予算をかけて利権の巣窟を作り出している現状は狂気の沙汰だ。
にもかかわらず「国民が求める男女共同参画社会とは異なる」との注釈の削除や「世帯単位から個人単位の制度・慣行への移行」の文言など、ジェンダーフリー推進派の圧力は看過する事が出来ない。
国民の反対で夫婦別姓に関する表現が後退したように、反対意見を表明し保守派議員の後押しをすることは決して無駄ではない。
引き続き反対意見の表明を続け、なんとしても夫婦別姓も男女共同参画も阻止せねばならない。
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男女共同参画基本計画を閣議決定 夫婦別姓は引き続き検討 表現後退も趣旨は変わらず
政府は17日の閣議で、平成23年度から5年間の基本方針をまとめた「男女共同参画基本計画(第3次)」を決定した。民主党政権下の基本計画策定は初めて。家族の一体感を損なうとして反対意見が根強い選択的夫婦別姓(親子別姓)制度導入を含む民法改正については、「引き続き検討を進める」と表記。「改正が必要だ」とした男女共同参画会議(議長・仙谷由人官房長官)の答申からは表現を後退させたが、担当者は答申の趣旨を尊重する意向は変わらないとしている。
共同参画会議は今年7月の菅直人首相への答申で「選択的夫婦別氏制度を含む民法改正が必要」と、制度導入を強く促していた。
しかし、募集したパブリックコメントで反対意見が多数寄せられたほか、2日の民主党の「子ども・男女共同参画調査会」でも「世論を踏まえておらず拙速だ」(保守系議員)との不満が噴出。政府は表現の変更を余儀なくされたとみられる。一方、内閣府の担当者は「答申を踏まえて改正の検討を進めるという意味だ。トーンダウンではない」と説明している。
また、第2次計画では「ジェンダー・フリー」(性差否定)との用語を使ってひな祭りなど男女別の伝統文化を否定することについて、「国民が求める男女共同参画社会とは異なる」との注釈を入れていたが、今回はその注釈は削除された。民主党政権でジェンダー・フリー推進派が攻勢を強めているようだ。
今回の第3次計画は女性の社会進出を後押しするため、配偶者控除の縮小・廃止を含む税制改正の検討なども要求。ライフスタイルの多様化などを理由に「世帯単位から個人単位の制度・慣行への移行」を訴えるが、これには「伝統的な家族の絆を壊されかねない」との指摘も根強い。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101217/plc1012171033006-n1.htm
チャンネル桜によるインタビューです。是非ご視聴ください。
今月10日、尖閣諸島の南小島への上陸を果たされた石垣市議会の仲間均・箕底用一両議
http://www.youtube.com/watch?v=RCF68rPWvQk
昨日行われた今年最後の「為公会」例会後に、麻生元総理が一言くださった動画です。
穏やかな表情、穏やかな言葉で、我々国民の不安を払って下さいます つД`)・゚・。・゚゚・*:.。
http://www.youtube.com/watch?v=6amzLfjh0gw&feature=player_embedded
いや、ほんとにこんな穏やかな目をした人が民主には一人でもいるか?
日本解体法案の一つであった「休暇分散化」
観光庁や休暇改革会議は国民の反対意見を無視して進める姿勢でしたが、結局、反対意見の多さに抗しきれなくなったようです。
「休暇分散化」は撤回となりました!
日ごろ憂鬱な話が多い中で、これは良い知らせです!
反対意見を無視する態度に怒り心頭だったのですが、この件に限らずやはり声は上げ続けねばなりませんね。
転載記事の最後を読むとまだまだ油断大敵ですが、チェックを継続して声を上げ続けましょう!日本をバラバラにされてなるものか!
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かえって休めない!…観光庁、休暇分散化を撤回
観光庁は16日、春と秋に全国5地域で時期をずらして2回の大型連休を定めるとしていた「休暇分散化」案を撤回し、内容を見直す方針を固めた。
同日開いた第2回休暇改革国民会議で、「全国に取引先のある企業は、分散化でかえって休めなくなる」などの反対意見が相次いだ。このため、昨年のシルバーウイークのような秋の大型連休をつくることを柱に、制度を再検討する方向だ。
三村明夫座長(新日本製鉄会長)は会議後、記者団に対し、「反対論も大きく、当初の原案通りに進めるのは難しい」として、5地域での分散化に否定的な見方を示した。
来年3月の次回会議までに、観光庁が新しい案を提示する。5地域での分散は撤回し、それより少ない地域か、別の分散案を模索する見通しだ。
(2010年12月16日12時43分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20101216-OYT1T00549.htm
12・18 「民主党(菅)内閣」打倒!皇室冒涜糾弾!中国の尖閣諸島侵略阻止!国民大行動 in 渋谷
平成22年12月18日(土)
集合場所 代々木公園 けやき並木
※JR「渋谷」駅(ハチ公口)より公園通りをNHKに向かって徒歩5~10分。スタジオパーク入り口横。または、JR「原宿」駅(表参道口)、東京メトロ「明治神宮前」駅(1番出口)「代々木公園」駅(4番出口)より徒歩5~10分。 東京都道413号(表参道通り)からNHKホールへと通じるけやき並木をお進みください。
10時00分 準備開始 於・代々木公園 けやき並木
13時30分 集会
14時40分 隊列準備
15時00分 デモ行進 出発
代々木公園 けやき並木 ~ 「渋谷」駅ハチ公前 ~ 青山通り ~ 表参道 ~ 「原宿」駅前 ~ けやき並木
17時00分 街宣活動 於:「渋谷」駅ハチ公前広場
19時00分 終了予定
※ 国旗以外の旗類、拡声器の持ち込みはご遠慮ください。プラカード持参は可能です(ただし、民族差別的なものは禁止)。
主催 頑張れ日本!全国行動委員会、草莽全国地方議員の会、
チャンネル桜二千人委員会有志の会
ご連絡先 頑張れ日本!全国行動委員会
http://www.ganbare-nippon.net/ TEL 03-5468-9222
※ チラシ(PDF版)は こちら↓ http://www.ch-sakura.jp/sakura/overthrowofKancabinet1218_flyer.pdf
私の地元の愛媛新聞、左翼紙ということで名を売っている。
「なんだこれは!」という記事にもお目にかかる。
どうやら、平成に入ってかなり経過してから左傾化した珍しいケースのようだ。
ではなぜそのような道をたどったのか。元愛媛新聞記者の林 定亨氏が平成17年に講演してくれた記事があることを読者様が教えてくださったので紹介いたします。
http://www.k5.dion.ne.jp/~hirokuri/hayashi.html
市民のためのメディア・リテラシー公開講座
中学歴史教科書 愛媛では
週刊愛媛経済レポート 論説主幹(元愛媛新聞記者) 林 定亨
(時) 平成17年7月31日(日) (所) 愛媛大学
(主催)愛媛大学メディア・リテラシー公開講座愛媛県実行委員会
私はご紹介いただいたように愛媛新聞に経済担当記者として勤務し、10年前に定年になった。定年後この10年間いろいろなことをやったが、ひょんなことで愛媛経済レポートで仕事をすることになった。今年の一月から「中学歴史教科書 愛媛では」という記事を連載している。大体8月いっぱい連載するつもりで、掲載ずみの25回までを資料としてまとめた。「中学歴史教科書 愛媛では」ということについての内容はこの中に書いてある通りなので、後でお目通ししていただければ大変ありがたい。
ここ数年、愛媛新聞あるいはそれ以外の新聞の記事を読んでいて、自分が歴史教科書問題について報道するのなら、どこに焦点を当て、どういう書き方をするか、などといつも考えていた。というのは、愛媛新聞を含めていくつかの新聞の記事に本当に納得がいかなかったからだ。これが私の実感だ。そして私が見るところ、愛媛新聞がずっと左翼新聞であったというわけではない。が、ここ何年間か左傾化している。歴史観とか、あるいは教育のあり方、あるいは外交・防衛問題などで、全く意見が食い違う。顔を雑巾で逆なでされるような感じを持つことが私自身は多かった。
であれば、どうするか。元は新聞記者の端くれである。年輪を重ねると、やはり自分の書きたいことを書きたい。そういうものを受けてくれるところは愛媛県内にはない。地元新聞は大変な部数を出しているが、私の意見とは食い違う。しかも私の出身母体はそこであると。まあ辛い話だ。夕方飲みに行く。知らない人、あるいは知人と適当に議論する。まあ、悪口ばっかり。あっちやこっちやの悪口を言うのが一番酒は美味い。それで悲憤慷慨して発散しても、煙草の煙と一緒に自分の意見まで消えてしまうのは残念無念だ。そして意見を公表せずにそのまま死んでしまうのかと思うと、よけい残念だ。
私は愛媛新聞で一緒に仕事をしたメンバーに、「こういう考え方もあるんだ」と言って、私の考えを知ってもらうように努力すべきだと長い間思っていた。そのきっかけは、ブッシュ大統領が来日した平成14年の2月、愛媛新聞が非常に激しい紙面を作ったときだった。私はそのときの編集局長に長い手紙を書いた。「最近紙面作りで気になることが3回あった。それは議論してもいい材料じゃないか」「場合によっては反省すべきじゃないか」というふうなことを申し上げた。
その第一点が、平成13年8月の歴史教科書の採択。ちょうど4年前になる。扶桑社の中学歴史教科書採択での社会面作りだ。参考に、見出しだけ見てもらうつもりで持ってきた。私が偏向していると思ったのは、左側の紙面で『友好を踏みにじる行為』とか『弱者を「突破口」としてひきょう』と書いている社会面だ。少なくともこれは内容については見出しではどこにも触れていない。内容が良いとか悪いとかいうことを一言も触れていない。『弱者を「突破口」としてひきょう』というのは、何の意味か見出しだけを見たのでは分からない。記事を読めば少しは分かるが、要するに、養護学校とかどこかを突破口にして愛媛県全体の中学校に広げるつもりだろうと、大変けしからんじゃないか、という意味合いが込められている。
「これは新聞作りとしては論外であると僕は思う。中国や韓国に気兼ねしたのか、どうしたのか。一部の県立中学に採用を決めたことを口を極めて罵倒しているとしか思えない。これまでの歴史教科書の史観に私は問題ありと思っていたので、同教科書の市販本(扶桑社の教科書市販本)を千円払って発売初日に購入し、サワリのところを読んでみたが、別に大騒ぎする類のものじゃない。逆に中国や韓国の内政干渉の仕方、あるいは中国での教育の在り方に憤りを感じた」と。「新聞が問題にするのなら、むしろその点であろう」と書いた。
それからその年の12月23日、北朝鮮の船が沈没した事件があった。その時は「北朝鮮の船」とは新聞は一切書かない。国籍不明の不審船だったわけだ。東シナ海奄美大島沖の「東シナ海不審船事件」が起きたというわけだ。このときも似たようなものだった。『不審船船体射撃沈没』。これは一面のトップである。「北朝鮮だろう」とも書いているし、特に問題はなかった。私が大変な問題だと思ったのは、「『追跡劇最悪の結末』と書いていることだった。この新聞はどこの国の新聞かと思った。ひょっとしたら我が国にテロ行為をするかもしれない不審船のことである。逃げられたら最悪であっても、沈んだことは最悪ではない。北朝鮮にとっては逃げ帰れば最高であろうが、沈んだことは最悪ではない。捕獲されれば最悪で、このケースは最悪の次ぐらいだろう。ということは、この日の愛媛新聞社会面は国籍不明の新聞じゃないか。しいて言えば北朝鮮の新聞である。政府がやることは何がなんでも批判すればいいという見本みたいな紙面だと私は思った」と書いた。
それでどうしたかというと、次に私は、信頼できる何人かにこの手紙を見せて状況を話した。すると愛媛新聞が「左翼偏向している」という批判的な意見を持っている人が、いるわ、いるわ、という感じだった。
偏向の理由は――というと。1つ目は「組合が強すぎて紙面作りで振りまわされているんじゃないのか」「編集に経営者の方針が反映されていない」「編集権を含む経営権の放棄だ」。
2つ目は「会社全体が左傾化しているんじゃないか」。
3つ目は強烈である。「全共闘のメンバーがいるんじゃないのか」と言う。どの意見も半分は当たっているが、半分は当たっていないような気がした。全共闘のメンバーがいるという証拠は私が在籍している頃はなかった。全共闘は昭和40年代の話。昭和42、3年頃からだ。東大の安田講堂が占拠されたり、岡本公三のテルアビブで銃の乱射事件があったり、最後は昭和47年(1972年)の浅間山荘事件。全共闘、三派全学連という言葉もあったが、あの事件で少なくともそんな勢力が表面からは消えたと見られていた。ところが「全共闘のメンバーがいるんじゃないか」と言われ、「そんな」と思った。大変強烈な見方だが、そういう疑いを持たれるということ自体大変な問題だと私は思ったわけだ。「いる」「いない」というよりも。
4つ目の意見としては、「愛媛新聞には地元紙としての役割を任せておけない。もうひとつ地元紙がいる。意見を聞かせて欲しい」と。これはそれなりに信用力のある、それこそプロの経営者が言われた話だ。資金的にどうにかなる方だ。ただし私は松山あるいは愛媛県内で新聞を新たに興すという事業化の可能性は、まずゼロだと思っている。だからその可能性はないと。それだったら1ヶ月くらい毎晩私に奢って、あとは昼寝でもしていたほうがいいんじゃないのと、冗談半分に話もしたわけだ。どちらにしても地元紙が偏向していると思っている知識人とか経営者とか役人とか政治家の方が多いということは、大変問題だと私は感じた。
では愛媛新聞の経営陣はどうなんだと。本当に経営陣が左翼偏向しているのかというと、経営層が共産党のシンパであるとか社民党の党員であるとかいうのは、まずゼロに近い。というのは取締役には昭和60年代から非常に優秀だが、左だという方が役員になって、そういう意味では左翼思想も若干経営層に関与していたかしれないが、少なくとも代表権を持ったことはない。それで紙面作りがかなり左翼的になるかといえば、いや、そうとも言えない。そこのところが面白いところだ。では、現在の常勤役員でいえば、どうなんだと。左翼の支持者か共産党員か、そんなメンバーは私の見るところでは、「いない」。では、なぜだと、なぜ最近の紙面が左翼偏向しているんだと、おかしいじゃないかと、林の説明は矛盾しているじゃないかと、言われるわけだ。
となると先ほどの第3の理由で言った全共闘の話が、私は「いる」という証拠は持っていないが、疑惑としてはありうるという気がする。それともう1つは中間管理職の腕力がいまひとつだということ。この腕力というのはもちろん筋力ではない。こうと思ったらいつでも議論でかかって来いという気迫を含めた、そういう力がもうひとつ欠けているのではないか。どちらにしても全共闘のメンバーがいるかもしれないという疑惑は結局残るだろうという気はしている。
それでもなぜだという疑問は残る。47、8年で消えたはずの全共闘がなぜいるかという疑惑。これはマスコミでも霞が関のシンクタンクでも東大でも愛媛大学でも、どこでも似たようなことだ。人文科学、社会科学の分野では親分子分の関係とまでは言わないが、たとえば愛媛新聞社でいえば徒弟教育である。マンツーマンの教育でやるわけだが、それ以外の知的集団でも似たようなことがあるかもしれない。
そうなると、本当に共産党も頼りにならないという意味での、新左翼の流れというのがどこかには残っている。私は内閣府に残っている痕跡は知っている。男女共同参画会議に大沢真理という東大の先生がいるが、この人は元全共闘のメンバーだ。ある評論家がはっきり書いている。内閣府は新左翼に占拠されかけていると、私ははっきり言えると思う。だからそういう可能性が、新聞という製品から見る限り「ない」とは断言できない。
それでは愛媛新聞やマスコミの世界からちょっと離れて、現在なぜそういう新左翼的な勢力がまだ命脈を保っているのか。私はひょっとしたら、そんな勢力は強まるかもしれないと思っている。
なぜそうなのかということをマスコミの世界から離れて申し上げてみると、やはり経済の世界ではグローバリズム(グローバリゼーション)の全盛だ。国境を越えた資本主義である。それも日本、アメリカ、西ヨーロッパあたりの話だと思う。
しかし、そこから外れた世界では貧困、高い失業率、エイズの拡大等々に悩んでいる国もある。中国・インドは健闘していると思うが、全く縮まらない経済格差とか強権政治と腐敗とか、そういう諸々のことからくる将来への絶望感、そんなものがあっちこっちで広がっている時代だと思う。そうしたものを解決するためには共産主義があれば一番良かったのかもしれないが、共産主義は大失敗した。そして後進国には将来への絶望感が広がっている。エイズにどうやって罹らないようにするのか、餓死から免れるためにどうするのか、いろんな不満、不条理をどう解決するのか、というような状況がある。しかしそういう状況を思想とかイデオロギーとかいう面で解決できるかというと、アメリカが、欲望のかたまりに足をとられた資本主義の超大国である限り、解決はまず出来ない。
そういうところから反国家ネットワークとかいうのが生まれてきているのじゃないか。いろんな問題を地球規模で解決するイデオロギーが現在は存在していない。学者が怠慢なのか、答案を書いていないのか、どうなのか。その中で今申し上げた反国家ネットワークというのは、先ほどもちょっと触れたが、霞が関、大学、マスコミに深く根を張っていると解釈してほぼ間違いがない。
たとえば2、3年前に、朝日新聞のOBとNHKの現職が手を組んだ『戦時性暴力の模擬裁判』で、昭和天皇に有罪だと判決を下したテレビ番組があった。そんな馬鹿な、ということがあった。朝日とNHKが手を組んだ。北朝鮮のメンバーも入っていた。では、なぜだ。今、NHKと保守政治家との距離が問題にされているが、それも問題だろう、確かに。予算の決定権は自民党が握っているわけだから。ただし、もっと問題なのは、そういうもう一皮めくったところの勢力が、NHKや朝日からも出てくる。どうしてもそういう状況になってしまう。そういう状況のほうが私は大変な問題だと思っている。
さて、愛媛新聞の話に戻るが、愛媛新聞は左翼の地方紙のひとつだということで、大変に名を売っている。ある雑誌に北海道新聞と愛媛新聞が左翼新聞だといって、愛媛県のある先生が書いていたが、愛媛新聞について書かれた部分については全くそのとおりだと思う。ただ、朝日新聞のようにずっと左翼新聞を作ってきたわけではない。平成のかなり経ってからの左翼路線というのが大変に珍しいわけで、私は正常な新聞に立ち返る可能性というのは大変に難しいけれども、ないことはないと思っている。
ここ何年間か左傾化してきたことの理由が私は2つあると思う。1つは今申し上げた反国家ネットワーク。これに愛媛新聞のスタッフの一部が取り込まれているのではないかという疑惑を完全に払拭できない点だ。新聞の入社試験を受けようかという人間だから、「私は新左翼です」とか「私は連合赤軍です」とか言って、入社試験を受けに来る馬鹿はいない。まして本籍まで調査したら人権侵害とか言われる時代だから、思想調査というのはとんでもない話だ。潜りこむ可能性というのはいくらもある。そういうメンバーは学生時代から学生運動のリーダーにもなれる。弁舌も爽やか、頭も良い、そういう人間のほうが多いわけだ。試験に受かる可能性は大ありだ。愛媛新聞はほとんどの部分で普通だと思うが、外交とか防衛とかあるいは人権とか差別とか教育とか、保守的とか進歩的とかいう立場の差によって表現の差あるいは記事の方向の差がはっきり分かる問題になると、やはり左の方に向かう。
ただ、編集局内では誰が記事を書いたかというのは、原稿は署名入りなので――外部に出るときは署名なしの原稿はいくらもあるが――内部では誰が書いたかというのは100%分かる。だから誰がどうだというのは分かっているはずだ。しかし先ほど申し上げた入社試験と同じで、思想が右だとか左だとかで人事異動をやったら全くこれは大変な話になる。そういう意味では新左翼にテリトリーを侵略された新聞では、正常な新聞に立ち返るのは非常に難しいという要素はあると思う。だから経営陣がその点について今後どのように能力を発揮するかというのを、これからずっとウォッチしていかなければならないし、経営陣には頑張ってもらいたい部分だと思っている。
少し見方を変えよう。新聞記者にとって最も大事なのは、権力の監視であるとか批判であるとか、そういうことだ。警察が間違っていれば、間違っていると書かねばならない。県庁が間違っていれば、同じだ。やはりここでの権力批判とか、人権や平和や平等、あるいは庶民の味方とか弱者の味方とか、あるいは民主主義自体を守ろうとか、そういうことは新聞記者にとって錦の御旗である。誰も批判が出来ない。しかしこれはどれひとつを取ってもイデオロギーなのだ。ほとんど異論のないイデオロギーだとみんな思っている。いや、むしろイデオロギーだと意識していない人のほうが多いのではないだろうか。しかし、そういう人権や民主主義万能の考え方に基づく紙面作りが100%正しいかというと、そうではないケースがありうる。そこまで突っ込んだものを、やはり編集局の幹部以上は持っていないといけない。だけどそういう考え方を持つことは大変難しい。では、なぜ難しいか。
たとえば今年の歴史教科書採択の問題を取り上げてみよう。現象面としては一部の左翼が反対する。訴訟まで起こす。県庁や市役所にも押しかけるし、外国の勢力も引きずり込む。それは県庁(県教委)や市役所(市教委)が、採択権という公権力を持っているからだ。そういう公権力を批判することが、新聞にとって一番正しい道と言えるかどうか。というのは、公権力というのは一般人と対立するものではなく、一般人を代表して行使されるものだからだ。ただ、マスコミ内部で言えば、身近な公権力批判は安易な道であるのは間違いない。その道を進んでいれば社内論議を制することもでき、反対論を抑え込めるからだ。
だが今度の教科書問題というのは、県教委が採択権を行使して教科書選びをしたこと(すなわち県教委の権力)がポイントというより、中学生に歴史を教えるのはどんな歴史観の教科書がいいかという、これまでの戦後教育の是非を巡っての歴史観や教育観を評価することの戦いであると、私はそういうふうに位置付けるほうが正しいと思う。
であれば、一愛媛県の権力を現象面で批判しても的外れになるだけであろう。仮に新左翼のメンバーがこの記事を書いたとすれば、それは意識的に的を外してそういう紙面作りをしてきた可能性もないとはいえない。新左翼にとっては、「県庁はひどいところだ」「弱者を踏みにじる」「悲しい」というような感情的な雰囲気を作ればいいわけだから、教科書論争の中心点からは外れていてもかまわないのだ。論争で勝ち目がなく、しかも世論の支持もない場合、相手陣営にそういう感情的なレッテルを張りつけ、論争の土俵には上がらず、その代わり手続き面に批判や抵抗を集中する――というのが、そういう連中の常套手段なのだ。
たとえば今年になってからの状況を見てみよう。扶桑社が白表紙本を流したのは独禁法に反するといって提訴した。しかし4年前は自分たちが白表紙本を外国に流していた。そういうことには全く口をぬぐって、知らぬ顔の半兵衛である。あるいは知事が「扶桑社版がいい」と言ったのは、教育基本法10条に抵触するといって提訴した。これはいずれも内容で議論できないか、議論しても勝ち目がないからだ。愛媛新聞の場合、同じ手法で県教委批判の紙面作りに精を出したというところだ。
逆の場合、というのは県教委を支持する立場に立つとなると、権力に与することになり、大組織の中ではよほどの歴史観と世界観を持っていなければ、目の前の部分の表面的な社内論争には負ける。言い替えると、安易に権力機構と妥協するのではなく、毅然として新聞記者の大枠を守りながら、左翼的ではない立場の新聞を作るということは、今の日本では至難の業なのだ。朝日のように、ボロが出てもボロが出ても左翼に固執する。私はその方がはるかに安易な道だと思う。
もうひとつ言い替えると、若い記者にも説得力のある歴史観とか世界観を提示すること、それとともに「単なる目の前の権力批判」ではない新聞の位置付けがどんなに難しいか。経営層や中間管理職にとっては、社内世論に抵抗することになり、自らの足元を掬われかねない大冒険になる可能性があるわけだ。愛媛新聞が左傾化している現状には、そんな底流があると私は解釈している。
2つ目の理由は、紙面作りに編集局のメンバーが甘やかされてきた結果だと思っている。 2、30年前の話になるが、昭和40年代後半から昭和60年代はじめにかけ、愛媛新聞は坪内寿夫氏が経営する「日刊新愛媛」の参入で手ひどくいじめられた。収入減の結果、ボーナスは減る、社員の採用は控えるといった散々な10数年を経験した。だから競争というのがどんなに厳しく、実質独占がどんなにありがたいか、その時の社員は身にしみて感じた。しかし今の愛媛新聞にはその当時の事情を知っている経験者は役員会のメンバーと部長、局長ぐらいまでで、今はもうがらっと変わっている。
おそらく、年寄り組は「これではいかん」と思っている部分もあろうかと思うが、若い社員は理屈で分かっていても、経験していないことはなかなかぴんと来ないものだ。大方の社員は、実質独占の現状についての実感的な価値判断が出来ず、現状が当たり前、現状で何が悪い、と思っているだろう。左傾化についても、これがなんで左翼新聞なのだと思っているのかもしれない。
ただし、何かきっかけがあれば、紙面の内容も変化する可能性はないことはない。私が予想できるきっかけというのは一つある。人口減少である。再来年以降、平成19年から人口減少が始まると言われている。これは世帯数の減少とは直結していないが、9年ぐらいのずれで平成28年ぐらいから世帯数まで減少していくという予測は出ている。今後新聞業界は部数の食い合いの中で優勝劣敗をかけた大戦争が起きる。しかも経営層は先取り先取りして手を打っていくから、あと4、5年後には大変な戦争が始まると私は見ている。そのとき愛媛新聞に現実から遊離した新聞作りを楽しむだけの暢気なゆとりがあるかどうか。
というのは、人口減少が始まる今、また、国内外のあらゆる紛争が増加していく情勢にある今、わずかの支持層を相手に自由、人権、平等、平和などを錦の御旗に、視野の狭い新聞作りをすることは、経営的に見るとますます許されない情勢となる。国内では行き過ぎた自由、教育の荒廃、少年の漂流、家族の分解など、左翼的な手法では解決できない――それどころか余計ひどくなる――問題がいくらでも押し寄せてくる。周辺外国からは、最高の国土日本を目指して、領土的あるいは人口的な圧力が激しくなって来る一方である。そのような時代に愛媛新聞が左翼新聞を作るだけの浮世離れした商売が出来るかどうか。変わらざるを得ないだろう。
そんな状況を視野に入れながら、では経営的にどうするかということになる。今年の4月に経営陣が交替し、新しい社長が誕生した。今度の社長は度胸のある、明晰な知性の持ち主である。知性、力量とも地に足がついており、マスコミのリーダーの一人として、また組織や新聞そのものの変革者として実力を発揮するものと私は期待している。だから私はこの男がやれば、誰がやるよりも愛媛新聞は上手くいくと思っている。先ほど申し上げたように愛媛新聞の紙面はすぐには良くはならないと思うが、是非早め早めに手を打って、うまく良い新聞を作ってほしいものだと思っている。
では、最後に少し理屈を申し上げる。あと4、50年くらいのスパンで見て、地球はどうなるのか。その中で今私が話したような歴史観との関係はどうなるんだということをひとことだけお話したい。あと50年後といえば、ちょうど若い方々が今の我々と同じ年代になるという、すぐそこに来るという話である。2050年には地球人口が90億から100億になると、予測されている。ただし、地球という入れ物自体に人間を養える能力がどれぐらいあるかという点では、科学技術の進歩を考えに入れても100億は到底無理であろうという見通しがあり、それは説得力がある。
そうした見通しから地球文明の寿命ということを研究している科学者の方が出てきた。環境考古学の安田喜憲(やすだよしのり)国際日本文化センター教授と惑星物理学の松井孝典(まついたかふみ)東京大学大学院教授、このお2人の理学博士に私は注目している。このお2人は、研究したことを時々私が読んでも分かるくらいに噛み砕いて本にしている。それを手に入れて私も勉強させてもらっているが、深刻な思いに浸るのは、お二方とも理系の立場から地球文明の行く末に極めて悲観的な見通しを持っていることだ。
また、面白いのは、地球文明の寿命の限界を突破できるような新たな歴史観、新たな世界観を構築できるのは、歴史学者ではないと言っていることだ。自然科学者だと言っている。「自然とは何か」という点を離れ、人間だけにとらわれた認識では将来を見通した歴史観はあり得ないと。これは安田喜憲さんがはっきりそう言っている。なぜかと言えば、資源の限界、環境の限界、経済成長の限界、人口の爆発、そういう限界を無視した今までの哲学や制度の延長線上からは、新たな歴史観は誕生しないとはっきり言っている。だから2050年までに、そういう地球文明の滅亡の限界を突破できるような新たな考え方を学者としては答案を書かなければいけない。誰が書くのか。安田先生や松井先生は必死になっている。国からも予算を貰って必死になっている。
私が一番感銘を受けたのは、安田喜憲教授の『世界史の中の縄文文化』という本である。キーワードは「水」であり、「森」であると、そういう文明が地球を支配するのでなければ地球文明は滅亡だと、そう言っている。では、なぜ「水」であり「森」であるのか。日本の縄文文化がこれだと言うのだが、それ以外の文明・文化とどう違うのか。いろんな話が派生していっぱい出てくるのだが、時間の制約上それ以上は話せない。やはり学者としてはそのような問題が地球規模で表面の問題になる前に、今すぐサバイバルの処方箋を出すべきであろう。
では、なぜこれまでそういうことが出来なかったかというと、集団としての人間の欲望をコントロールする手法というのが全くなかったからだ。共産主義も含めて資本主義はもちろん、そういうものを制限し世界をコントロールするという手法がないわけだ。それをどのようにしてコントロールするかということが、これからの問題だと思う。そういう処方箋が書けなければ、民族や人種の生き残りをかけた大変な闘争の時代になるかもしれない。あるいは過酷な現実が目の前に出てきて、あたふたするだけで終わるのか。日本も、そういう国もあったのかということで終わるのか。若い方々にとっては今後どういう分野で仕事をしようかと考えたとき、この問題を解決してやろうじゃないかと言う人が今の大学生の千人に一人くらいは出てきてほしいという気がしている。
今日はどうもありがとうございました。
先日紹介させていただいた愛知県における「12.11 在名古屋中国総領事館への国有地売却に反対するチラシ配布」の活動は、主催者の予想を超えるボランティアが集い、2500枚のチラシが無くなってしまうほど反響があったようだ。
そして、18日(土)に、場所を変えて再びチラシ配布が行われる。今回は5000枚用意するとのこと。一人でも多くのボランティアが集い、5000枚を配布し切れることを願って告知させていただく。
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12/18在名古屋中国総領事館への国有地売却に反対するチラシ配布
在名古屋中国領事館による名城住宅跡地の国有地3千坪購入に反対する住民運動を起こすため、名城住宅跡地付近の住民にチラシを配ります。そして、地元の方々への領事館移転反対の集会を呼び掛けます。
★集まった人数に応じて、地図を区分けして配る場所を分担します。大勢集まればより広い地域に配布できます。大勢お越し頂きますよう、宜しくお願いします
日時:平成22年12月18日(土) 午後13時集合
集合場所:地下鉄 鶴舞線 浄心駅 1番出口 地上
チラシ配布地域:名城住宅跡地周辺
配布チラシ:中国領事館反対用チラシ
上記売却反対チラシの裏面に集会の案内を記載
(がんばれ日本!全国行動委員会 愛知本部)のブログ:http://ganbarenihonaichi.blog24.fc2.com/
21日(火)は抗議集会が地元名古屋で開かれます。
愛媛県は全国的に見ても日教組加入率が非常に低い。今思うと愛媛で生まれ育ったことを感謝せねばならない。
では、なぜ愛媛県は日教組に毒されていないのか。
最初からそうだったわけではない。愛媛の教育を守るため日教組と闘い、見事に勝利された方がいらっしゃったからだ。
私はこの話を今日初めて知った。愛媛県人もこの話を知らない方が圧倒的だろう。ぜひ紹介したいと思う。
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http://nippon-ehime.cool.ne.jp/esse/08.html
愛媛の教育改革はここから始まった
~昭和30年代初頭の勤務評定紛争を振り返って~
愛媛県師友会ひの会
会長 近藤美佐子
平成14年8月、愛媛県教育委員会は、翌15年春開校の県立中高一貫校における「新しい歴史教科書」の使用を決定、公立一般中学校としては、全国初の採択となった。
愛媛県教育委員会の全国に先駆けた教育改革の取り組みには前史があった。昭和30年代初頭、勤務評定紛争で当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった日教組と全面対決し、これを撃退したのである。
当時、教育委員長として日教組と闘い抜いた竹葉秀雄氏に師事し、県庁職員として勤務していた近藤美佐子先生に当時を振り返っていただいた。
なお、本稿は、平成14年11月に行われた講演(愛媛県教科書改善連絡協議会主催)をまとめていただいたものである。
今年の夏は皆様方の大変なご活動によりまして、愛媛県教育委員会は全国に先駆けて扶桑社の歴史教科書を採択するという快挙を成し遂げました。誠にご同慶の至りでございます。
今から四十五年前、愛媛県教育委員会はこれまた全国に先駆けまして教育の正常化ヘの道を拓きました。当時猖獗を極めておりました日教組、その日教組の御三家のひとつと言われていた強力な愛媛県教員組合を、ほとんど壊滅せしめて教育正常化へと進んだのであります。
今から半世紀近くも前のことでございますので、私も当時の新聞をひっくり返して見たり、また当時の県教育委員会や文部省などの文書、なかには極秘・マル秘の文書もいくつかございましたが、それらが大きなダンボール箱にほとんど一杯ありますのに目を通したり、また県の教育委員長であった竹葉秀雄先生の当時の日記や、県の教育次長の真鍋さんの書かれた「愛媛勤評紛争史」、「戦後十年の愛媛教育史」などにも一応目を通しました。こうして少し記憶を確かに致しまして、これからお話をするわけでありますが、はじめに日教組につきましてちょっと触れておきたいと思います。
占領下に生まれた鬼っ子 日教組
昭和二十年八月、日本が戦争に負けまして、アメリカが日本を占領致しました。そのアメリカ占領軍が真っ先にやったことは、共産党の徳田球一などの政治犯三千人を刑務所から開放することでありました。そして占領軍は日本民主化の名のもとに、盛んに労働運動を奨励したのであります。
全国で一番始めに学校の先生の組合を結成したのは京都府でした。それからはまさに燎原の火のように物凄いスピードで、全都道府県に教師のいわゆる労働組合が次々と結成されてゆきました。その組合の四分の一は社会党系、四分の三は共産党系でありました。愛媛県の教員組合は共産党系で、昭和二十一年七月に結成されております。
アメリカは占領当初は、共産党の活動が盛んになることをむしろ歓迎したのであります。そして労働組合の活動を奨励しましたので、全国のいたるところで労働争議が頻発しました。その集大成といいますか、帰結が、ご記憶の方もおいでになるかと思いますが2・1ストであります。昭和二十二年二月一日を期して、吉田内閣打倒を目標に、国鉄労組、全逓信、日教組、この三つの組織が中心となって全官公労二百七十万人のゼネストを立ち上げていったわけです。これが実施されれば、まずお米をはじめあらゆる物資の流通が止まります。通信もストップしてすべての情報が遮断される。ちょっと考えただけでも、食うや食わずで敗戦のどん底に喘いでいた日本は大混乱になり、革命へと雪崩れ込むのは必至と思われました。こうなると占領軍もほうってはおけません。いよいよストに突入するという前日、即ち一月三十一日の午後五時に、まさに瀬戸際でマッカーサー総司令部は、ストップをかけてストをねじ伏せたのです。こうしてストが中止されましたので、その代償として、いたるところで労働協約が結ばれました。
愛媛県では県と教員組合が労働協約を結んでおります。その一部を申し上げますと、まず、県が採用した教員、学校の先生ですね、これは一人残らず否応なしに組合員になると定められました。ですから組合はなんの苦労も無しに全県下の教師を組合員として掌握することができるようになった。それから、教員の給与や人事、これらすべてを県は組合の意向を聞いて決めなければならない等々、その他いろいろございますが、この労働協約によりまして、県組合が教育行政の中に深く入りこんできたわけであります。
教員の政治活動
昭和二十三年に教育委員会が置かれました。これも進駐軍の命令であります。全国の都道府県・市町村に置かれましたが、これはアメリカ占領の置き土産ですね。日本人が産み出したものではなくて、つまり貰い物なので、いつまでたっても本物としての力が出ない。 去年の歴史教科書の採択でも教育委員がいかに弱いか、全国三千余の教育委員会で、どこかが扶桑社の教科書に手を挙げかけたのですが、少し脅かされると直ぐひっこめましたね。極めて弱い。まだまだ借り物であります。
この教育委員会でありますが、当初は委員を選挙で選出することになっていました。すると教組は組合の役員を立候補させて、先生方が走り回って運動して高得点で当選させる。選挙のあとで教育委員会を開催してみると、委員会と組合の役員会が同じような顔ぶれだったなどという話もあります。これで教組は教育行政を牛耳り、選挙運動のノウハウを身につけたわけです。
次に参議院議員の選挙がありました、全県一区。非常に強力な自民党の議員を抑えて社会党が当選しました。これも教員組合が走り回った。その二年後に知事選がありました。保守のレッキとした筋の通った政治家に対して社会党も候補を押し立てて、これも学校の先生が走り回って激戦の末、社会党の知事を実現させました。選挙の後で学校の先生七千人か八千人が一斉に一号給月給が上がったのであります。そういうことで、選挙の後は、先生の組合は飛ぶ鳥を落とす勢いだったと思います。組合の幹部なんかは県庁の中を肩風切って歩いているという感じでした。
当時、私は児童福祉の仕事をしていました。五月五日の子どもの日には、県民会館に子供を集めて子供大会をするのですが、市内の各小学校長にいろいろお願いをしなければなりません。そういうときに教育委員会に行くと計画書を出せの、申請書を出せのと手間がかかる、その点、持田の教育会館に陣取っている県教組に行けば、話は速いのであります。持田にゆくと三好文化部長なんかがふんぞり返って座っておる。威張りたくて仕方が無い、といった風情です。そこで「三好先生、五月五日に子供を五千人県民館に集めたいのですが、あの日は休みだけど学校の先生に付いて来て貰いたいの。どうかしら」「OK」と言えば、もう書類もハンコもいらない。当日になると、五千人の子供がちゃんと先生に引率されて集まってくる。県教組の威力をつくづく感じさせられましたが、 というのは非常に強いという感じを持っておりました。
日教組の正体
はじめは学校の先生たちも、それほど日教組を恐るべき危険な団体だとは思ってなかったようです。校長先生をはじめ全員が組合員ですし、県に採用されればそのまま自動的に組合員になるのですから。むしろ組合は日本民主化の旗印を掲げている進歩的な良い団体だと思いこんでいた先生が多かったのではないでしょうか。それに自分達の身分を保証してくれるのはどうやら組合に違いないと思い違いをしている先生も大分おいでになったようで、組合に逆らうことなど夢にも考えない、そういうひとが多かったと思います。
ところが、その組合を包括する全国組織、日教組は「丹頂鶴」と言われました。組織のずーっと上層部は真っ赤なんであります。つまり共産党の闘争委員長の岩間正男なんかが日教組の上層組織にガッと食い込んでおる。共産党にしてみれば、学校の先生の組合くらい頼りになるものはない。というのは学校の先生は全国の津々浦々、山の中にも島の果てにも配置され組織化されておる。しかもそれぞれの地域の父兄と深い繋がりを持っておる。そして次の世代の青少年を育てる職業なんであります。この教員の組合、七十万人の日教組、これを赤く染めれば居ながらにして日本は革命できるのであります。
また、その赤く染めるのを一所懸命に手伝ったのが大学の教授であり文化人でありました。左翼のね。なかでも特に熱心だった六十余名は日教組のお抱え講師団に雇われて小中学校の教員の思想教育に全国を飛び回りました。またそのなかの数人が一所懸命に考えて作ったのが、「教師の倫理綱領」であります。これは日教組の先生たちの「教典」と言われました。御承知の方もおいでになると思いますが、書いてあることは、まず、
「教師は労働者である」。
「団結こそ教師の最高の倫理であって、共産主義社会を実現することが教師に課せられた歴史的使命である」なんて書いてある。そして、
「青少年はそういう社会を実現するための働き手として組織され、教育されねばならない」。つまり「学校教育は共産主義社会をつくるための戦闘員を養成すること」だというのであります。
これを書いたのは、柳田謙十郎、宗像誠也、宮原誠一、周郷博、清水幾太郎等々とまあ錚々たる左翼の学者たちであります。
当時の日教組のいろいろな資料を見ておりますとね、彼らがあこがれる理想の国は、ソ連、中国、北朝鮮であります。ソ連は分解して無くなってしまいましたが、よりによって、この三つの国こそわれわれの手本・理想郷だと書いてある。そして日本はぼろくそです。 国歌は歌うな、国旗は引き摺り下ろせ、あの「愛国心は戦争につながる」というアホな言葉は、その当時からの合言葉であります。
こういう学者にしろ、それに躍らされた多くの先生方にしろ、こういう人たちは要するに日本のことを本当に知らなかったのではないかと思います。明治の開国で、鎖国の扉を開けてみて西洋文明に魂消た日本人は、朝野を挙げて追いつけ追い越せに忙しくて、子供達に日本のことをじっくり教えなかった。この、日本の本質的なことをちゃんと教えないという傾向は、明治の学制を初めとして大正、昭和と一世紀にわたって続きました。(大東亜戦争に負けてからはとくに酷い) それで、日本をほんとうに知らない日本人が育ってしまった。高学歴の者ほど日本のことを知らない。そういう言わば自分を知らない日本人が、ギリシャ文明について語り、ローマ帝国の興亡を喋々し、カントがどうの、ヘーゲルがこうの、マルクスはあゝのと言って、それで学者として罷り通っておるのであります。
竹葉秀雄先生
さて、文部省も日教組の左傾化に、これはと気がついて、昭和三十一年に、教育委員の公選制をやめて、任命制にしました。地方公共団体の長が議会の承認を得て教育委員を任命するのです。それで愛媛県でも五名のそれぞれ立派な方が県教育委員として任命されました。その一人が竹葉秀雄先生でありました。ここで竹葉先生のことについて少し触れておきたいと思います。
竹葉先生は日教組と戦ってこれを敗退させましたが、その後で日教組は愚かにも、文部省と愛媛県をILO(国際労働機関) に訴えたのです。それで竹葉先生はジュネーブまで行かれたのですが、行かれてその顛末を「ジュネーブ行」という文章にお書きになりました。その一番初めにこう書いておられます。
「日本は大東亜戦争に敗れた。そしてこの戦争は日本がしかけた侵略戦争だという烙印を押された。私はアジア民族解放のための戦いだと思って全力を尽くした」と。
竹葉先生という方は非常に人徳のある方で、若い頃から、先生を慕って村の青年や子供達が先生の周りに集まってきました。先生はその子供達に本を読んで聞かせたり、教えたりしているうちに次第にそれが塾のようになりました。いまのいわゆる進学塾ではありません。先生は三間村の庄屋の一人息子でしたが、その家屋敷を開放しての塾でした。宇和島や八幡浜をはじめ南豫の各地からも先生を慕って青年たちが集まり、少年部、青年部と併せて八十余名が素読の声を響かせ、武道の練習に励むようになりました。これを、「三間村塾」と言います。そのうちに松山や越智郡、宇摩郡など県下の各地からの塾生や、さらに朝鮮半島、北支、満州、蒙古からも三間村塾を訪れて来るようになり、先生はそういう青年たちと寝食を共にして教育をされました。三間村塾で先生に教えを受けて巣立っていった青年の中にはインドや中東などの独立運動に出かけていった人達もおります。そういう状況を考えますと、アジア民族解放のための戦いであったというのは、先生の痛切な思いであったろうと思います。
その当時、つまり今から七、八十年前のアジアを考えて頂きたい。インドがどうだったか、中国はどうだったか。仏領インドシナはどうか、フィリピンはどうか。アジアにはまともな独立国なんか一つもなかった。全部植民地であります。その屈辱と貧困の中で喘いでおったのがアジアです。日本だけが唯一の独立国でした。周りの国を見て、なんとか立ちあがってほしい、一緒に手を握って立ち上がろうというのが、あの戦争の底をずーっと流れておった思想であると思います。だから民族解放の戦いだった。
ところが戦争が終わった後で、あの極東軍事裁判。まあ、なんと見事に日本人は洗脳されたことか。マインドコントロールされて完璧にやられてしまった。日本は悪いことをした、悪いことをしたと言い続け、教科書の中にもそれを書き、それを学校で教え込む。総理大臣までが侵略戦争であったといって憚らない。あの戦争で亡くなった二百四十万の将兵の方々に、申し訳ない。
戦後の日本人は、いとも簡単に自己を失いました。と同時に国に対する誇りを失った。とくに青少年を教育する学校の先生が、驚くべきことに、知らん間に日教組の目指す社会主義革命の担い手となってずるずると引きずられて行ったのです。
竹葉先生は戦後の、とくに教育界の状態を痛切に憂えておられました。
その時、即ち三十一年九月に教育委員になって頂きたいと知事からお話があったのです。
先生は心に深く期するところがあったのでしょう。「私が教育委員になれば大変な混乱が起こりますが、かまわないでしょうか」知事が「結構です」と。それで先生は教育委員になることを承諾されました。三間町の家を出られる時ご家族に「私の命は無いものと思うように」と言われたとか。先生は死をする思いで松山に出られたのです。
第一次勤務評定紛争
三十一年十月一日。新しい任命制の教育委員による第一回の委員会が開かれました。
そのときすでに勤務評定の準備は始まっていました。と言うのは、勤務評定は去年から法律で実施することが決まっていたのです。教育委員会の事務局では教師の勤務評定の内容についてどうすれば公正な評定が出来るか、検討の最中でした。
勤務評定と言うのは、働いている者は当然受けなければなりません。県職員であった私達も当然のこととして評定を受けました。県警のお巡りさんも、県病院の医者もみんな受けます。学校の先生だけではないのです。職場での勤務ぶりを評定されることは当然で、しないほうがおかしい。それを小中学校の日教組だけがカーッと怒ったんです。高等学校は日教組に属していません。だから極めて冷静で、勤務評定も粛々と実施してべつになんの騒動もなしに済んでおる。
ところが、日教組だけがひとりで大騒動して、全国七十万人の組合員の力で愛媛県教委を叩き潰してやるとかなんとか言うて「ナアニ、愛媛のようなちっぽけな県の教育委員会なんか鎧袖一触、一ひねりじゃ」とばかりに襲いかかってきたわけです。むこうから喧嘩をしかけにやってきたわけです。
交渉という名の集団暴行
そしていよいよ十月二十日から毎日々々二百人の校長や教員を動員して、県教委に押しかけてきて「勤務評定をやめろ」「団体交渉をせよ」と大声でわめきたてました。
「勤務評定は法律で決められたことを実施するので、交渉事項ではない、しかし評定の内容について意見や要望があるなら聞きましょう」と初めは大会議室で話し合うようにしましたが、「人間が人間の評定をするのは不可能ではないか」とか、「校長がそんな勤務評定をやったら、組合員が校長に諂うようになる」とか「学校の中がお互いの疑心暗鬼で暗くなる」等々まことに低次元な話、そしてとどのつまりは「勤評で教師に差をつけるのは許せない」と、運動会で一着二着を決めるのは差別だ、許せない、という彼ら一流のおかしな理屈を振り回す。中には所謂団体交渉のプロが混じっておりましてね、そういうのが教育委員の話の言葉尻を捉えては攻め立てる。嘲笑し、揶揄する。やがて机を叩き、足を踏み鳴らし、怒号し、罵詈雑言、とても話し合いなどというものではありません。
竹葉先生はこれが教師だろうか、と何度も目を疑ったといいます。教師であり公務員である彼らは闘争のために授業を休み、交代しては毎日教育委員会に推しかけて来て交渉を強要しました。
二百人も三百人も来ては話し合いにならない、委員会室に入れる程度に人数を減らして貰いたいというと人員を制限するとは非民主的だと叫ぶ。そして委員会室にギュウギュウ詰めに押し入って、職員の制止も聞かばこそ、ドアを蹴破ってなだれ込む。入れない者は廊下に新聞紙を敷いて座り込む。新館四階の廊下はギッシリの座り込みで、人も通れない。夜になると冷えるので毛布や布団をもちこむ。もう狼藉散乱、目を蔽いたくなる有様です。
委員会室の中では教育委員や教育長がカンズメになり(トイレにも何人かが監視についてくる)恐喝同様の質問や、取るに足らない理屈をつけた抗議を際限なく聞かされ「勤評やめろ」の繰り返し。大体こういう「話し合い」は、連日午後三時ごろから始まって、ナイターになり、翌朝の空が白み始めるまで続くのです。組合のほうは交替で出てくるのですが、委員のほうは、たまったものではありません。真鍋さんの「勤評紛争記」のなかに、竹葉委員長蒼白になり倒れる、という記録があります。
不眠不休の連日連夜の包囲攻撃に委員は疲労困憊の極に達して、閉会にしようとすれば、彼らはこの時とばかりにさらに勢いづいて「逃げる気か、卑怯だぞ、誠意がない」と怒号し、退場しようとすれば、集団のなかに巻き込んで蹴り、殴り、洋服を引き裂く。それを誰がやったかわからないようにワッショイ、ワッショイとスクラムを組んでやるのです。ぎっしりの人ごみですから、部屋を出ることも物理的に不可能です。そして「いまに殺してやる、いやなら勤評を中止しろ」とか「こっちには総評もついているんだぞ、金もいくらでも在る。とても小さい委員会では勝てんから、今のうちにこの文書に印を押せ」などという者のなかには酒気を漂わせている者もいる。そして連日「昨日の回答はどうなった」「この件は、明日の四時にはっきり回答せよ」等、委員会の開催を強要するのです。
当時、家の周りの塀や電信柱に大きな鳥の子紙一杯に「不倶戴天の仇竹葉秀雄を殺せ」などと書きなぐってベタベタ貼ってありました。電話戦術、電報戦術(三十分ごとに電報が届き家人が寝られないようにする)などの神経戦術、恐喝、尾行、デマ、とにかく集団暴行の限りをつくしたのです。
また、県庁の正面広場から周辺を総評の赤旗で埋め尽くし異常な雰囲気で、そこを通って県庁に入るのが怖いようでした。
かれらの闘争の常套手段はこちら側の発言の中から彼らに都合のいい言葉だけを取り上げて、つまり作文をしてそれをマスコミに流す、誤報ですね。それが新聞記事になる。
はじめ県教委は、教師である彼等の意見を聞こうと考えたようですが、彼らは勤評自体に反対で勤評粉砕を叫んでいる以上、もうこれ以上不毛の話し合いを続けることはない、却って誤報を新聞に流されたりして、県民を迷わせることになると、十月三十日に教組との話し合いを打ち切り、翌十一月一日に勤務評定実施に踏み切りました。
勤評断行
十一月一日に自治会館(今の検察庁の所)に市町村教育長を集めて勤評実施の説明会を開きました。するとそれをやらせまいと組合員が駆けつけてきて会議室に押し入ろうとし、それを県職員が押し返す、その争いが私どもの勤務室まで山鳴りのように聞こえました。
説明会が終わった夜の八時、今度は日教組の中執委や県教組の幹部が約百名、教育委員会室に押しかけてきて、なんで一方的に勤評実施に踏み切ったか、「まだ話し合いはすんでないゾ」と叫び始めました。そこで一応、教育委員会の考え方を彼らに伝えたあとは、竹葉先生は、もうこの人達とは話はできないと、一切口を開きませんでした。夜の八時から翌朝の四時まで八時間、無言の行です。県教組にしてみれば、昨日まで日教組の応援の下に教員を連日連夜大動員して闘争したのがフイになった、その腹立ちで、これこそ罵詈雑言、「おまえらを発狂させることも殺すこともできる」などと凄んでいたそうですが、お終いに「文部省やよその県の委員とも会ったが、こんなのは始めてだ、もうこんなの知らん」と言って労働歌を歌いながら引き揚げたそうです。
はじまりは四面楚歌
こうしていよいよ勤評が実施されました。まず県は校長を集めて説明会を開きました。ところが一人も来ないのであります。当時校長は組合の役員なんかしていますから、誰も出て来ん。どこの会場もボイコットであります。松山だけが四十四名の校長が全員出てきたのはいいのですが、「私達は勤務評定はしません」と声明を出しただけでした。
するとPTAも「勤評反対」という。校長と調子を合わせましてね。マスコミも皆反対の論調であります。労働組合は地評をはじめみんな反対、つられて、わけもわからんのに婦人会も反対、青年団も反対、愛大は大学人会議の先生百二十人が声明書を出しましてね、 「勤評は教育にマイナスになる」なんてバカなことを言って、新聞がまたそれを大きく載せたりして、もう四面楚歌であります。
これは、新聞等のマスコミの力が大きかったと思います。当時の新聞を見ますと、県教委を叩く記事がメチャクチャ多い。当時の記者というのは何がなんでも権力のあるほうを叩いて正義面をするのが多かった。
松山市の校長の動き
そのうち、松山市の数人の校長は「これはちょっとへんだぞ」と思い始めたのではないでしょうか。余りにも暴力的な組合のやり方に疑問を持ちはじめ「自分は一校を預かる校長としての責任がある」と思い「それが組合員と一緒になって騒いでいていいのか」と考え始めたのです。県下の小中学校校長八百人の大会で松山市の校長が組合とは別の校長会の結成を提案しました。これは否決されましたが、この提案は十二月になって松山市の校長二十名が組合に脱会届を出すことによって実施されました。これは勇気の要ることでした。いっぽう、組合にとっては背中に冷水を浴びせられたような気がしたことでしょう。
そのころ、社会党の国会議員はこの問題を国会闘争に持ち込み参議院文教委員会で審議することになりました。勿論、勤評阻止策です。しかしこれは見事に失敗しました。社会党の勤評反対の論拠はコテンパンにやられてしまいました。
勤評書提出のいろいろ
県は年末から一月にかけて郡市毎に再び校長を集めて説明会を行い、評定書の提出期限を一月二十八日としました。今度は地教委と連携して開催したので校長は全員出席しましたが、この説明会から校長の苦悩が始まりました。各地で校長は度々集まっては、評定書を出すべきかどうか、地教委と組合の板ばさみの苦悩の日々が続きました。
なかにはしっかりした考えを持った人望のある校長が中心となって話し合いを重ねるうちに、例えば今治市の校長会は全員組合を脱退しようということになり、温泉郡は期日までに評定書提出を申し合わせるなど提出に傾く都市が増えてきました。
尤も、温泉郡の場合、たまたま県教組の国村委員長がこっそりソ連に旅行したのがバレまして、彼は日教組の幹部に誘われてひそかに出かけたのですが、組合員(校長) が血のにじむ思いで闘っている最中に外遊とは何ごとゾ、それもソ連の次はフランスに廻るんじゃと、許せん!となって、その頃は殆どの校長は評定書を出すほうに傾いていたのですが、
迷っていた校長も外遊の一件でイッキにそんなら出せ、出せということになったそうです。
今治では、ある校長先生、校長会に出かける時に部下の組合員たちに、「勤評は絶対出さんけん安心しとれ」と胸を張って出かけましたが、会の空気は次第に組合脱会に傾き、勿論評定書は提出と決まりました。そこで学校に帰ってみると、校長室に机も椅子も無い。はるかな運動場の真中に放り出してある。これが市教委の課長補佐に知れて電話で「やい、教頭はなにしよるんぞ」と怒鳴られて飛び上がった教頭が用務員と机等をかいて入れたので、やっと坐ることができたとか。こういう話はまあいいのですが、なかには部下の組合員に責められて惨憺たる思いをした先生もおいでになったようです。
「スターリン」に押さえ込まれた周桑郡
いろいろありましたが、やはりそこは校長先生、少し遅れても二月四日には周桑郡以外の全郡市から勤務評定書は提出されました。結局出さなかったのは周桑郡だけでした。
周桑郡の中学校長で「スターリン」の異名を持つ先生がおりました。初期の県教組委員長で、組合をバックににらみを利かし、先輩の校長はみな追い上げて勇退させて、若いのを組合推薦で校長にさせておる。それで校長会で「スターリン」がおらぶと誰もものをよう言わん、「スターリン」が「出すな コリャ」と言えば誰も評定書を出さないのであります。
で、とうとう出なかった。そうすると、日教組の小林委員長がはるばる周桑郡までやって来て、「諸君、ようやった。いずれ法廷闘争になるかもしれんが、そのときは弁護士はこちらが全部揃えて準備する。君等の身柄は私が引き受けた」などと言うて「闘争資金だ」と一人々々に現ナマを渡す。日教組の委員長というと雲の上の人のように思っていますから、みな感激して奮い立ったとか申します。
そこで、県教委はその三十四名の周桑郡の校長を懲戒処分にしなければなりません。さらに四百五十名の周桑郡の先生方、これは評定書が無いのですから給与の査定の方法が無い、それでこの四百五十名は昇給無し。しかし、これは二年後に救済措置をとりました。
この周桑問題が国会で大問題になりまして、湯山さんあたりが走り回ったのでしょう、竹葉先生や大西教育長、それに文部省の初中教育局長が呼ばれて社会党の国会議員と喧喧諤諤の大論争をしたわけであります。
第二次勤務評定紛争
引き続き昭和三十二年度の勤務評定、これに再び日教組が挑んできました。これを第二次紛争といいます。
県教委は今度は早めに評定の内容等について地教委や校長のグループの意見を聞き充分打合せをして十月中旬に、これで行こうと決めたところへ、文部省が「来年から全国で勤務評定をやる」と発表したものですから、日教組は飛び上がりました。愛媛県だけでもこんなにあずったのに全国でやられてはおおごとだ、その前に愛媛を叩き潰せとに再び襲来したのです。
組合側の作戦として、去年は校長を前面に立てて戦ったがあれは失敗した。組合脱退者が続出して結局周桑を除いて総崩れになった。その轍を踏まぬよう今回はいよいよ日教組みずからが前面に出て愛媛県と戦う、と宣言し、各県から選抜したオルグの精鋭百五十人を引き連れ、それに総評傘下組合の猛者百五十人が助っ人として加わり、併せて三百人の共闘本部を組織して十月二十一日にまさに台風のように嵐を捲いて乗り込んできました。
県教委は「今年の勤務評定は校長や地教委の意向も充分汲み入れて既に決定済みであり、もういまさらあなた方と話し合うことはない」と、合うことを拒否しました。
すると新聞は、遠来の客に対し県教委は横暴じゃと書きたてる。
そこで遠来の客達は、県庁の周りに赤旗を林立させ、共闘本部のテントを立てて座り込みをやり、街宣マイクでおらびたてて、まず県の用度課の職員と小競り合いの乱闘をやり、怪我人がでたとかで地評の三人が引っ張られていきました。すると記者がバッタのように飛び跳ねて取材をして、翌日の新聞に大袈裟な写真入りの記事を書く。新聞などは騒ぎは極力大きくなれかしと願っているみたいです。
十月二十七日。松山の木屋町の国鉄グラウンド、今はどうなっているか存じませんが、あそこで九千人の勤評反対総決起大会をやりました。愛媛の組合の先生たちはバス四十台を連ねて参加し、全国各県の日教組の組合員、それに総評が加わって九千人が大会を開き勤評反対の気勢を挙げて、市内に繰り出しました。県庁前や大街道でプラカードを担いで鉢巻しめて「わっしょい、わっしょい」というてジグザグ行進をする。それを見て松山市民は「あれが先生かや」とちょっとシラけたのであります。
戦闘開始「校長を監視せよ!」
このとき既に勤務評定は実施の段階に入っており、書類も校長先生や関係機関に送付済みで、校長が評定書を地教委経由で県に提出する期限は十一月九日と決められていました。
闘争本部は「十一月四日から九日は天王山ぞ、組合員は全員学校に泊り込め!校長が評定書を出さないように厳重に監視せよ!校長の自宅にも見張りを立てよ!万一提出された場合は地教委を相手に奪還闘争をせよ!」と指令を出して、今度は、県外から来たオルグや総評の連中が先頭に立って容赦なしの激しさでどんどん闘争を進めて行きました。特に総評は、この際、先生たちの聖職者意識を剥ぎ取って労働者としての階級意識を持たせねばならんとハリキッて愛媛の先生たちを叱咤激励しました。
評定書封印事件(今治)
例えば今治、ここは校長は全員組合を脱退しており、評定書も早めに市教委に提出済みでした。それを知った組合は市内外の数百名の教員を日吉中学校に集め、今治の二十三校の校長を引っ張ってきて講堂の壇上に並ばせて夜明けまでつるし上げをやりました。その余りの激しさ無慙さに女の先生達は泣き出したと言います。ついで評定書を取戻せと、市の教育委員を集めてムリヤリ委員会を開かせ(委員達は脅されて身の危険を感じたよし)評定書の奪還を迫りました。結局市教委は、県には提出しない、組合にも渡さん、市の金庫のなかに封印しておくということで、一応切り抜けました。その後、市はひそかに各校長にもう一通評定書を書いてもらってそれを県に提出したそうです。
宿屋は大騒動(小田町)
また小田町、上浮穴郡の静かな山間の町です。ここの七人の校長が、郡の校長会で決めた以上、評定書は絶対提出するわけにいかんというのを、町の教育長が一人ずつ説得、これは時間がかかるので夕方から、ふじやという宿屋で行なわれました。教育長の熱心な説得にやがて一人また一人と陥落して、出しましょワイ、となると教育長は大喜びで「おおそうかや、そんなら必ず出すということのしるしに、ここに名前書いて判コ押してや」とやったのが松山の闘争本部の井上書記長の耳にはいった。「ナニ!誓約書かかした?」と、彼は直ちに十人ほど手下をつれて真夜中にタクシーでわ―っと小田町の宿屋に押しかけました。
余談ですが、当時は、自家用車なんかありませんから、みんなタクシーです。タクシーなんかをふんだんに使った。例えば津島町の戸島に嘉島という小中学校があります。そこの校長が評定書を出したという情報が入ると五十人ほどの組合幹部がソレッと特船を仕立ててその学校へ行く。そして、「なんで出したんゾ」と夜の八時から夜明けまで校長室で責めたてた。この校長さんは偉い校長で「これはわしの信念じゃ」とつっぱね通したので、「これはもうどうにもならん」と言うて夜明けにまた船で帰ったそうです。というように特船であれタクシーであれ使い放題であったと言います。また道後の旅館は労組の幹部や各県のオルグで満杯、夜毎の宴会でこれは大いに儲かったという噂でありました。
さて、上浮穴郡の組合のほうには「小田町が出すぞ、それを止めろ」と指令が飛んで、郡内の百五十人ほどがふじや旅館に押しかけ、井上書記長やオルグはガンガン抗議=吊るし上げをやり、組合員は宿屋の二階でどんどん暴れたので、天井が落ちると宿屋の主人は青くなりました。
住民意識の変化
この騒動で注目すべきは一般住民の意識です。宿屋での騒動の後、小田町の校長先生たちは前言を翻して再び提出拒否の側に回ったので、町教委は再度校長との話し合いをもち、その席に各校のPTA会長にオブザーバーとして来て貰った。
そのときのPTAの発言の一、二を挙げます。
「勤評が悪法なら改正するよう努力するのが本筋です。しかし改正は合法的手段でやってほしい。私は今の勤評の法律は遵守すべきものと思っています」
「勤評の内容が不備だから提出できんというが、日教組の団結が壊れるから提出できんというのが本音のように思われる」
「先生方は、昇給した先生と昇給しなかった先生に対して子供の信頼感がどうのこうのと言うけれども、子供は毎日先生を評定しています。月給の多寡によっては子供の信頼はつなげません。もしも先生方が子供の目をそれほど甘く見くびっておいでなさるのなら問題は大きいと思います」
かつてのPTAは学校の先生の指示どおりに動いていましたが、勤評騒動の有様をみているうちに山の住民もこれは…と思い始めたようであります。
権力のイヌ論争(三間町の紛争)
三間町では四人の校長が相談して評定書を町教委に提出すると同時に組合に脱退届を出しました。その情報が折から宇和島の明倫小学校で勤評反対南予総決起大会をやっているところへ届いたものですから、ソレッ三間がやられた、とばかりに大会そのものがダ―ッと三間町に移動しました.大会参加者は貸切りバスやタクシーで次から次へと三間の鬼北中学校に乗りつけたのです。村の人はこんなにようけの自動車は見たことが無い。びっくり仰天して警戒のために消防が出たといいます。このときのことを、当時の鬼北中学校長の米田兼光先生はこう書いておられます。
とにかく団体交渉、つるし上げが二た晩続きました。第一日の晩は徹夜でやって、夜が明けると組合員の先生たちは授業があるので、それぞれの学校に帰る。そして夕方の五時ごろからまた大勢集まってくる。それが町内だけじゃない、他の町村からも、郡外からも次々集まって来てまた徹夜のつるしあげに参加する。
その吊るし上げの終わり方に、闘争委員が「お前ら四人はなぜ組合の指令に反して評定書を出したか、言うてみい」というので私はこう言いました。
「君たちは我々四人を権力の犬だと罵った。この言葉はそっくり諸君にお返しする。何となれば今や教育界における最大の権力者はまぎれも無く日教組である。この真夜中にこれほど大勢の、しかも町内だけではなしに町外からも郡外からも、日教組の指令一つで何百人もの教師が集まる。これは大変な力である。この日教組の力の前には、県教委のそれはものの数ではない。その証左に県教委の実施する勤評の紛争を叫ぶ日教組に対しては忠実にその指令一本でかくも多数の組合員諸子が夜中に参集しているではないか。県教委の指示は歯牙にもかけぬが、絶大な権力を持つ日教組の指令には唯々諾々として盲従しているのが諸子である。我々はその日教組と闘っているのだ。諸子等こそ権力に阿る犬と言わずして何と言おうか」
挑戦ともいうべき私の言葉に、当然反論の叫びが挙がると予期していたが、以外にも、満堂シュンとしてしばし声が無かった、と。
猛烈な阻止活動のなかで
その後、オルグの攻撃はさらにひどくなり、八幡浜市、東宇和郡、新居浜、川之江、三島、宇摩郡等では校長が集まって評定書提出の相談をしての帰途、組合員に襲われ、拉致されて警察に助けを求めると言う事件が、あっちでもこっちでも頻発しました。
愛媛の先生(組合員)たちは、日教組や総評のオルグに命令されて激しく締め付けられながら、日頃よく知っている地教委の職員や校長を敵に回して戦わざるを得ない日々のなかで次第に、オルグたちいわば県外から来た赤の他人にムリヤリやらされているという気分になって行ったようです。また、こうしてオルグの連中に引っ掻き回されて、愛媛の教育が破壊されていいのか、と思い始めた者もいました。それで、教頭の中にも組合脱退の動きが出はじめました。
評定書提出は、猛烈な阻止活動の嵐なかで、校長の迷いと決断の間を縫って少しずつ増えていきました。提出期限の十一月九日には三割が提出、県教委は再び提出期限を十二月十日に延期し、業務命令として提出を厳命しました。
勤評闘争大詰め
新聞には連日、提出した学校名と数が、たとえば十一月何日、何時現在、提出校何校で何%、未提出校何%と報道されるのです。最終期限の十二月十日が近づくとラジオやテレビは刻々と選挙の開票速報よろしく報道するのですから、迷っている校長先生は針の筵に坐らされている思いがした事でしょう。
いよいよ最終締め切りの十二月十日午後四時、提出した学校数は四百六十三校(六〇・四%)。依然三百校は未提出、いやその大半はオルグ等に押さえ込まれていたのでしょう。
やむなく県教委はこれらの校長の処分を検討し始めました。すると知事と自民党が「去年周桑の三十余人の処分で国会までが大騒ぎをした。三百人の処分は前代未聞」と仲裁に入り、結果「あと四日待とう、十二月十四日を最後の提出日とする」と決めたのです。
この瞬間に未提出の校長たちはガタッときました。
この二ヶ月間、オルグに激しく叱咤激励されながら持ちこたえてきたが、再三にわたる期限延長で、もはや精も根も尽き果てた校長たちは、あと四日、と聞いた瞬間にガタガタッと崩れました。もうこれ以上一日も一時間も一分も頑張れない、もう勘弁してくれ!
校長達は組合の阻止を振り切るようにして更に百校近くが提出、そして組合脱退者がイッキに増えはじめました。
終 焉
組織の危機、これ以上闘争を強行すれば県教組は崩壊するぞと緊急戦術会議が開かれました。日教組の委員長はじめ幹部は全員松山に詰めていましたし、社会党も浅沼稲次郎書記長ほか党幹部が大勢来て直ちに秘密会議、これ以上勤評闘争を続けるかどうかで、県教組はヤメたといい県外の連中は続けろで、怒号乱れ飛ぶ徹夜の議論でもまだ決まらず翌日もエンエン九時間の論争で全員朦朧となってようやく、いったん全校勤務評定書を提出して事態の収拾を計ろうということになりました。
完全な敗北であります。
十二月十四日似は県下の全小中学校七百六十七校の評定書がそろいました。
その翌日の十二月十五日、日教組の小林委員長は、誰一人見送る者も無い国鉄松山駅から、たった一人で汽車に乗って帰るのを、読売の記者が見つけて「日教組の委員長、一人淋しく去る」と言う見出しの記事を書いておりました。
おわりに
いったい日教組は愛媛県に何をしに来たのでしょうか。
日教組六十余人の中央執行委員のうち四十七人を松山に派遣し、各府県からのオルグ述べ二千四百七十人を投入して連日連夜県下全域を走り回らせ、闘争資金として本部や総評傘下の労組からのお金を合わせて二億とも五億とも言われるお金を(当時ハガキは五円でした)消費しただけでなく、結果として、県教組から組合員の殆どが逃げ出し、愛媛の組合はボロボロに崩壊して見るかげもなくなりました。いったい日教組はなにをしにきたのでしょうか?
竹葉先生の「ジュネーブ行」に次の一節があります。
―――天は私に幸をもたらしたと言うべきか。県教組・日教組の勤評反対闘争は激烈を極め、地評、総評まで加わり、県会・国会の政治闘争にまで発展し、まさに天下を二分する戦いとなった。が、これによって父兄や一般の人達は、日教組が如何なるものか、その本性を始めて知って愕然とし、また各地に義挙の旗が立って、この戦いは全国的となった。
日本教育の正常化は未だ出来上がらず、その前途は未だ遠いけれども、その曙光が見え始めたのは、この勤務評定によってであり、もしこれ無かりせば、日本教育の正常化は更に困難であり日時を要したことと思う。その意味で確かに神助であった。―――と。
竹葉先生は勤評のことは「あれは済んだことだ」と余り話したがらなかったのですが、たまに、こんなふうに言われました。
「あれは、鋤で土をひっくり返したようなもので、本当の教育はこれから始まる.土をこなして、種をまいて、水や肥料をやり、そして大輪の花を咲かせねばならない。そのなかで一番大切なことは、この日本がどんなに美しい国か、それを教えることだ。そして一人一人がどんなにすばらしい輝きを持っておるか、それを更に輝かせるような教育をしなければならない。そのような愛媛のすばらしい教育がいずれ花開く時が来る」と。
これで終わりにします。
11月27日に行われたmy日本設立一周年式典における青山繁晴氏の講演です。
長時間の動画ですが非常に勉強になり、必見です!
等について熱く語ってくれています。
こんな話、ここ以外では聞くことができない。そして、知っておかねばならないことです!
青山繁晴氏特別講演「祖国は甦る」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm13003517
http://www.nicovideo.jp/watch/sm13003644
http://www.nicovideo.jp/watch/sm13003759
http://www.nicovideo.jp/watch/sm13003837
11日に松山市で北朝鮮拉致抗議の啓発パレードが開催されていた。
毎月第二土曜日に松山市駅前で街頭活動をしているのは知っているが、今回は約100人が参加して大規模に行われたようだ。週末に大街道を練り歩いたなら、多くの人の目に留まりPR力も大きかっただろう。
16日午後3時からは県庁第二別館で特定失踪者の家族らによる講演会も開催されるので時間のある方はぜひ参加してほしい。
それから、「救う会愛媛」では、ブルーリボン着用運動を推進しており、救う会愛媛のサイトhttp://www11.ocn.ne.jp/~sukuukai/yotei.htmlでブルーリボンの申し込みも受け付けている。
知っている方が多いと思うが、ブルーリボンはいわば「拉致被害者救出・奪還」の意思表示だ。加戸前知事が常にブルーリボンを着用されていたのは記憶に新しい。
このリボンを公の場でつけている人が多ければ多いほど、国民の拉致問題に関する意識が高まっている証となる。リボンをつけている人が増えれば増えるほど、政府も政治家も問題を無視することができなくなる。ブルーリボンを申し込んで着用運動に協力してほしい。
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北朝鮮拉致抗議 100人行進
北朝鮮による拉致に抗議する集会と拉致問題の啓発パレードが11日、松山市湊町の伊予鉄松山市駅前や大街道商店街などで行われ、県内の特定失踪者の家族や支援者ら約100人が参加した。
北朝鮮人権侵害問題啓発週間(10~16日)に合わせ、北朝鮮による拉致問題を考える県民会議(救う会愛媛、中矢民三郎会長)などが実施。「拉致問題は解決済みと居直る行為は許されない」と抗議文が読み上げられ、参加者たちは商店街など約1・5キロを練り歩き、政府に対し拉致問題の早い解決を求める署名への協力を買い物客らに呼び掛けた。
1971年4月、28歳の時に今治市内で拉致された可能性がある山下綾子さんの父、長島清志さん(76)は「少しでも情報が欲しいが、娘の生存さえ全くわからない状況」ともどかしさをにじませた。
16日午後3時から県庁第二別館6階で、特定失踪者の家族らによる講演会が開かれる。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/ehime/news/20101211-OYT8T00764.htm
歴史の玉手箱様より転載。
赤色の字は「カルタゴ」のたどった経緯であり、
黒色の字は日本がたどった経緯です。
日本はカルタゴと同じ轍を踏んでいると思うのは考えすぎでしょうか?
日本がカルタゴと同じ滅びの道を歩んでいると恐れるのは考えすぎでしょうか?
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カルタゴは、フェニキア人が建国した海洋国家で、現在のアフリカ大陸チュニジアに位置しています。
カルタゴは、世界一の造船技術を持ち、スペイン、シチリア島などの海外領土を支配していました。
紀元前3世紀、地中海貿易により富を蓄え、ローマ帝国と並ぶ強国となります。
BC264年、両者の中間にあるシシリー島で紛争がおこります。そして、これを契機にカルタゴとローマは、世界の覇権を賭けて激突します。この戦いは、23年間の中断をはさんで63年間続きます。(第一次ポエニ戦争、第二次ポエニ戦争)
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1867年、島国日本は、長い眠りから覚め、明治維新により近代国家への道を目指します。西洋文明を積極的に取り入れ、富国強兵に邁進します。日清・日露の戦争に勝ち、朝鮮、台湾、南樺太と領土を拡張します。
強国となった日本は、戦艦大和を建造して、世界有数の海軍を持ち、太平洋をはさみ、超大国アメリカと対峙します。
1941年12月、日本連合艦隊は、ハワイの真珠湾の奇襲に成功します。太平洋戦争が始まります。
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カルタゴの英雄ハンニバルは、象36頭と兵士5万人を率いて、スペインを出発します。象を連れて、アルプス山脈越えに成功、ローマの本拠地イタリア半島を奇襲します。ハンニバルは、イタリアに、なんと15年も踏みとどまり、ローマを一時追い詰めます。
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「マレーの虎」山下奉文中将は、マレー半島を南下、シンガポールに侵攻します。インド兵への離反策が成功し、1942年2月15日シンガポールは陥落、イギリス軍は降伏します。
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カルタゴは、地力に勝るローマに対して次第に劣勢になります。ついに、名将スキピオ率いるローマ軍が、カルタゴの本拠地に進軍します。カルタゴは、イタリアで善戦していたハンニバルを帰国させ、本土決戦に賭けます。BC202年、天下分け目の戦い(ザマの戦い)が行われます。カルタゴの完膚なき負け戦でした。
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アメリカは、生産力、技術力で日本に勝っていました。ミッドウェー海戦を境に、戦局は逆転します。ガダルカナル、硫黄島、沖縄。日本は、敗退を続けます。本土空襲が激しくなり、広島と長崎に原爆が投下されます。日本の完膚なき負け戦でした。
カルタゴは、ローマに無条件降伏します。
全ての海外領土は、放棄され、軍船、象もローマに引き渡されます。軍隊は、自衛のためのものだけが許されました。そして、自衛のためでも戦争する場合、ローマの許可が要ることになったのです。(この許可の項目が、後に大問題となります)
そして、50年賦で1万タラントの賠償金をローマに支払うことが決まります。
ともかく、カルタゴの町は、無事に残りました。100人会は、貴族の世襲制でしたが、戦後まもなく代議員が選挙で選ばれるようになります。
カルタゴは、民主主義の国家に生まれ変わります。
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「忍び難きを忍び、耐え難きを耐え・・・」玉音放送が流れ、日本は無条件降伏します。
日本列島以外の領土は、返還されます。アメリカが決めた平和憲法で戦争が放棄されます。(後に自衛隊が誕生します。)国土は焼け野原、アジア諸国には賠償金の支払いが必要でした。ともかく、本土決戦だけは避けられました。
日本は、天皇主権の国家から、主権在民の民主主義国家に生まれ変わります。
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カルタゴ人(フェニキア人)は、ユダヤ人やアラビア商人と同じセム語族で、最も商才があるといわれている種族です。
軍事国家への野心を棄てたカルタゴ人は、ますます貿易や商売に熱中するようになります。ローマ人は、楽しむために働きましたが、カルタゴ人は働くこと自体が人生の目的でした。奇跡の経済復興が実現します。
戦勝国ローマは、休む間もなく、マケドニアやシリアと戦わなければなりません。軍備費の要らないカルタゴは、次第にローマに匹敵する経済大国に、のしあがります。
BC191年ローマは、シリアを打ち破ります。
無敵の軍事大国ローマにとっての脅威は、経済大国カルタゴに移っていくのです。
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日本人には、勤勉さと物作りの才能がありました。
焼け原から立ち上がった日本人は、ひたすら一生懸命働くことで豊かになろうとしました。エコノミックアニマルと日本人は、陰口を叩かれます。奇跡の経済復興が実現します。
アメリカの核の傘に入り、軍事費もいりません。戦勝国アメリカは、ソ連との冷戦を戦わなくてはなりませんでした。
10%を超す高度経済成長が続きます。日本は、世界第二位の経済大国になります。
ソ連が崩壊し、日米の経済摩擦が激化します。
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BC187年、カルタゴは、50年賦と決められた賠償金を一括払いしたいと申し出ます。いくら叩いても不死鳥のように蘇る、カルタゴ人の経済力に、ローマ人は、羨望と恐怖心を抱きます。ポエニ戦争の悪夢がふと蘇ります。
ローマの元老院の指導者カトーが叫びます。
カルタゴは、滅ぼさなければならない!(デレンダ・エスタ・カルタゴ)
◆割れんばかりの賛同の拍手が、議場に沸き起こります。◆
ローマの元老院議員カトー
「カルタゴは滅ぼさねばならない」というセリフで有名。演説の最後を、必ずこの言葉で締めくくったとか。個人的な恨みはなかったようなので、単なる偏執狂ではないかという気もするが、彼のしつこさが、結局ローマ人をその気にさせた。
経済大国カルタゴの最大の悩みは、隣国のヌミディアでした。ヌミディアは、騎馬兵団で有名な、戦争に強い国です。自衛力しか持たないカルタゴを侮り、その領土を侵犯します。
カルタゴは、ローマに調停を頼みますが、黒幕のローマはもちろん取り合いません。ついに、カルタゴとヌミディアの間で戦争が起こり、平和の国カルタゴは、敗北します。
ローマの事前許可のない戦争開始は、条約違反でした。
ローマは、カルタゴに対して、突然宣戦布告をします。
驚いたのは、カルタゴです。ローマの許しを得ようと、300人の貴族の子供を人質に差し出します。しかし、8万人の世界最強のローマ兵が、上陸し、カルタゴに進軍します。
カルタゴの使者が、「どうすれば、許していただけるのですか?」とローマの司令官に聞きます。
「全ての武器を差し出せ。」司令官は、答えます。
カルタゴは、20万人分の鎧、投げやり、投げ矢、2000の石弓を司令官に差し出します。
すると、司令官は、最後の要求を使者に言い渡します。
我々は、カルタゴの街を根こそぎ破壊することを決めた。
カルタゴ人には、今の街より10マイル内陸部に
新しい居住地帯を造ることを許可しよう。
使者からローマの意向を聞いた20万人のカルタゴ人は、驚愕して、嘆き悲しみ、最後に激怒します。
「こんなひどい仕打ちがあろうか。街を破壊するだと。
内陸部に引っ込めだと。どうせ死ぬなら戦って死のう!」
カルタゴ人は、丸腰で戦う覚悟を決めます。返事の猶予期間の30日間、密かに戦争準備がすすめられます。
武器職人は、連日徹夜で武器を作ります。
若い女性は、長い髪を元から切って石弓の弦が作られます。
こうして、始まったのが、第三次ポエニ戦争でした。
(戦争というより、ローマによるカルタゴの民族浄化です。)
カルタゴは、ここで奇跡的な粘りを見せます。なんと丸腰で三年間ローマの猛攻を食い止めたのです。
しかし、戦闘と飢えと疫病で、20万人のカルタゴ市民は、10万人に減ります。
そして、ついに、ローマ兵は城壁を破り、街へ進入します。
女、子供までがレンガを投げて抵抗しますが、5万人が虐殺されます。
ビュルサの砦に逃げ込んだ5万人のカルタゴ人は、オリーブの枝を掲げて投降します。
彼らは、一部が処刑され、残りは奴隷として売られます。
カルタゴの街は、十数日燃えつづけ、灰は1メートル積もります。カルタゴの復活を恐れたローマ人は、この地に塩を撒き不毛の土地にします。
700年続いた経済大国カルタゴと世界の富を独占したカルタゴ人は、BC146年こうして滅んだのです。
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2000年以上の時を越えて、カルタゴ人は日本人に警告しているように私には思えます。
■日の丸を掲揚することこそ、沖縄を中国共産党の侵略から防ぐ最強の戦い方
JSNのメルマガでお伝えしているように、中国や香港では、
「琉球群島は古来より中国の領土である。」
「琉球人民は38年間独立運動を止めたことは無い。」
「中国は琉球独立運動を支援するべき」
という報道がされるようになってきております。
相手にするのも馬鹿らしいデマ報道ですが、これを放っておくと
南京大虐殺と同じく、嘘でも1万回言えば本当になってしまいます。
つまり、中国共産党が沖縄を侵略する口実や大義名分を与える事になってしまいます。
また、中国共産党は既に「琉球臨時憲法」「琉球国国旗」「琉球国国歌」まで準備しているのです。
このまま、沖縄県民自身が自分たちは日本人であることを具体的に主張しなかれば、沖縄はチベットやウィグルと同じように中国の「琉球自治区」となってしまいます。
そのような危機を回避は、私達の子孫のためにも、絶対に回避しなければなりません。
中国共産党の沖縄侵略の野望を打ち砕くために表題の集会を企画しました。
今、日の丸を掲揚することこそ、私たちの愛する郷土沖縄を中国共産党の侵略から防ぐ戦い方なのです。
沖縄県民が日の丸を掲揚し、日本人である事に誇りにすることにより、
「琉球人民が日本の殖民地支配から独立を求めて戦っている」
という中国国内の報道が真っ赤なウソである事を全世界に証明する事ができます。
そうなれば、万一、人民解放軍が沖縄に手をつけた場合、彼らは世界中の非難を浴びることになるのです。
私達の郷土沖縄を愛し、沖縄を人民解放軍に渡したくない方は、是非日の丸を手に持ちこの集会にご参加くださるように
お願いいたします。
また、このような中国国内のメディアの発言に対して、沖縄県も日本政府はいまだに一言も中国政府に対して抗議しておりません。
沖縄から大きな声を上げ、平和ボケ政治家に目を覚ましていただきましょう!
(JSN代表 仲村 覚)
■沖縄から立ち上げる「憲法九条改正」と「日の丸掲揚運動」
~日の丸を揚げて支那の「琉球独立プロパカンダ」を打ち砕こう!~
開催日時:平成22年12月19日(日) 13:00
集合場所:とまりん広場
第一部 日の丸行進
集合時間:13:00 行進開始:13:30
コース:とまりん~福州園~波の上宮
(日の丸国旗、竿、セット現地販売)
第二部 憲法九条改正決起集会
「憲法九条がある限り、自衛隊は沖縄を守れない!」
場所:波上宮社務所
開場15:00
開演15:30
登壇者:
「南島志報」主幹 (有馬光正)
在日米軍基地ネットワークユニオン
※入場料カンパ歓迎
※波上宮の駐車場はご利用できませんので、近くの駐車場をご利用ください。
主催:「沖縄をシナの侵略から守る1000人防衛委員会
協催:在日米軍基地ネットワークユニオン/尖閣防衛委員会/沖縄婦人平和懇話会
沖縄と共に「自立国家日本」再建する草の根ネットワーク
後援:日本会議宜野湾支部
運営事務局:tel/fax 098-869-9827 keitai 090-1942-1675
沖縄県那覇市東町8-10 仲村アパート301 仲村雅己
本日香川県で行われた「2010年12月11日(土) アジアに自由と平和を!in 高松」は風雨の厳しい条件の中、約300人が集まって声を上げてくださったようです。皆様、ご苦労様でした。
私は今回も仕事で参加できず・・・(´・ω・`)ショボーン
こういう活動は土曜日が都合いいんですかね?土曜日はなかなか休みが取れないんです(´;ω;`)ウウ・・・
http://www.youtube.com/watch?v=zpWr7XGRD34&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=9B_ghA52yDI&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=_qWxXSsI9z4&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=NDRAu62HFMA&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=KsHI7pQJjaQ&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=BKSoNS21_tM&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=L-kegsvv6JY&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=crycIdaZ91Y&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=VwdsxsWudA8&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=V9I8xTtlXh0&feature=mfu_in_order&list=UL
行ってきましたよ!「頑張れ日本全国行動委員会」(12.12)中国の尖閣諸島侵略糾弾!国民行動 in 徳島県徳島市。
以前参加した「外国人参政権反対デモ」の時よりも通行中の方からの拍手や声援は明らかに多く、関心を持つ方が増えていることを確認できました。
今回は動画撮影も行いましたので、初めて動画のアップも行いました。動画や写真で活動の様子をご確認ください。
バッテリーの予備を忘れたため、リレートークの最後の2~3人と、デモ行進の様子は動画に収められませんでした(´・ω・`) だからネットで見つけたものを貼っておきます。
「頑張れ日本」香川本部代表の藤澤氏と少しお話させていただきましたが、四国の人が協力し合い、常に1000人単位の活動が出来るようにしたいとのこと。私も同意です!
では、以下、当日の模様を動画と画像でご確認下さい。紹介方法は『花うさぎの「世界は腹黒い」』様のまね(のつもり)で…
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前日の風雨が嘘のように晴れ渡った12日の徳島県徳島市で、「頑張れ日本!全国行動委員会」主催の「中国の尖閣諸島侵略糾弾!国民行動」が売国奴仙谷由人の地元で行われた。
参加者数は100名弱。前日に香川県高松市で行われた高松デモからハシゴした方もいる中で同会初の徳島県での活動が執り行われた。
国歌斉唱の後、通行する徳島市民の皆様からの声援や拍手の中、先の参院選で「たちあがれ日本」から立候補した三木けえ氏をはじめとする十数人のリレートーク、尖閣諸島への自衛隊早期配備を求める署名活動、徳島市内を練り歩くデモ行進を行い、中国の侵略行為への抗議、アジア諸国との連帯、民主党政権への糾弾、そして売国奴仙谷由人への糾弾を直接地元の有権者に訴えた。
先着者が後から到着した参加者を拍手で迎え入れ、最後に国歌斉唱、天皇陛下への万歳三唱にて日程を全て終了した。(以上解説調で)
http://www.youtube.com/watch?v=s1PsGxHraNA
http://www.youtube.com/watch?v=KC9fKYv__i0
http://www.youtube.com/watch?v=Du08cA-McaQ
http://www.youtube.com/watch?v=Kbsa5Tk7u5c&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=5LefaKk_hgk&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=RFenZTTE0os&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=8XVNSe5bWHM&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=1xrga4JGhKs&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=O0TN-lARw3s&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=tmcEPg_MVRk&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=lZbjud-eN6A&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=3sgq4xnvnUM&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=hnMoCZPfhHo&feature=mfu_in_order&list=UL
http://www.youtube.com/watch?v=j-nwP3NZbPU&feature=mfu_in_order&list=UL
陸上自衛隊の定員1000人削減、経費の微減が決まった。
この自衛隊の隊員数削減・経費減について、ちょうど12日の「頑張れ日本!全国行動委員会」の徳島デモの際に聞いた自衛隊の驚くべき現状、その動画を視聴して欲しい。
いかがだろうか。
政府は人員・経費共に「微減」と表現しているが、このような状況下での「微減」は自衛隊の、ひいては日本国を重大な危機に追い込む恐るべき暴挙としか思えない。特に、中国が沖縄の領有を主張し領海侵犯を繰り返している現状においては自殺行為と言ってもいいのではないだろうか。
今回一番愚かなのは財務省だ。
防衛意識に乏しい民主党政権が防衛力強化に舵を切るという僥倖にもかかわらず、現状維持ですらない削減とは何を考えているのだ。
財政状況が厳しいのならば、子供手当てや男女共同参画など美名の名の下に日本を侵食している害悪の予算を廃止すれば10兆円くらいは余裕で捻出できる。まさに埋蔵金じゃないか。現在の日本は防衛予算は聖域化してもおかしくない状況だぞ。国が乗っ取られたら予算の削減などと言ってられないことくらいはわかるだろうに。
政府も防衛力強化に舵を切ったなら、子供手当てなど廃止してでも防衛予算を捻出する気概を見せたらどうだ。そうすれば国民の見る目も変わるというのに。子供手当てが優先だなんて思っている愚かな国民はごく僅かだぞ。
もう一度言うが、自衛隊は人員・予算が危機的状況にある。そのことをせめて一人でも多くの国民が知って欲しい。
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陸自定員1000人削減で決着 経費も微減 防衛大綱
政府は12日、週内にも改定する「防衛計画の大綱」で焦点となっていた陸上自衛隊の定員を現状の15万5千人から1000人削減し、15万4千人とすることを決めた。政府・民主党では現状維持を軸に検討されてきたが、厳しい財政事情を受け14万8千人以下に抑えるよう求める財務省の削減圧力が強く、調整が難航。北沢俊美防衛相と野田佳彦財務相が同日会談し、微減で折り合った。
防衛大綱はおおむね10年後に必要な防衛力を打ち出すもの。大綱に基づき、来年度から5年間の主要装備の整備数量や経費を明示する「中期防衛力整備計画」についても、北沢、野田両氏の会談で微減の23兆4900億円とすることで合意した。
東シナ海で中国軍の活動が活発化していることを踏まえ、陸自は南西防衛戦略強化として沖縄本島に置く第15旅団(約2100人)を増強する方針で、当初、16万8千人への大幅増を要求。財務省は陸自の定員に対する充足率が約91%で14万1千人にとどまっている「実員」に、有事の際に招集される即応予備自衛官7千人を加えた14万8千人以下に抑えるよう主張し、対立していた。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101213/plc1012131023000-n1.htm
産経の号外キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
地方選の結果で号外出すかwwww
気持ちはわかるけど(・∀・)ニヤニヤ
真面目な話、今回の民主惨敗は解散総選挙に向けての重要な一歩とも考えられるから、号外出すのもありですね。
もう寝るけど、ぐっすり眠れそうです。
おやすみなさい(´△`)Zzzz・・・。o○
注目の茨城県議会議員選挙の結果が出た。
議席 立候補 現職 元 新 選挙前
自民 33 36 32 1 0 45
民主 6 23 3 0 3 6
公明 4 4 3 0 1 4
共産 1 5 1 0 0 2
みんな 2 3 1 0 1 1
無所属 19 35 5 1 13 6
となっており、23人が立候補した国政与党の民主党は惨敗だな。
たしか民主党は二桁は欲しいと言ってた気がするが、今回はどんな言い訳する気だろうか。最近地方選挙で負けるたびにとんでもない言い訳が続いてるから、今回も笑えるのを期待しよう。
この結果では地方から民主党本部への突き上げはさらに厳しくなるな。統一地方選を控えて民主の地方議員はたまったものじゃないだろう。民主の地方組織が壊滅的打撃を受ける可能性があるからな。
小沢グループからの仕掛けも厳しくなるだろうし、ただでさえ党内がぐちゃぐちゃの民主党が今後どうなるか。非常に面白い。
いかにマスゴミが世論調査で支持率に下駄を履かせても、選挙をすればこのように民意は明らかになる。もはや民主党は限界。解散は時間の問題だ。
「頑張れ日本全国行動委員会」の徳島デモが先程終了しました。
仙谷の地元で「仙谷辞めろ」と声を上げてきましたよ!久々に声が枯れてしまいました。
今は徳島から携帯で記事を作ってるのでここまで。
帰ってから纏めようと思います。
では後ほど!
ねずきちの ひとりごと 様より転載です。
以下は、当時中学三年生だった山崎さんという方(男性)の手記です。
まず、読んでみてください。
~~~~~~~~~~~~~
僕ら日本人の一団は、吉林省の平安屯で、ひとつの団体を作ったのです。
ロシア軍が不意に国境を越えて満洲国に侵入したとき、吉林省内の各地に散らばって開拓の仕事をしていた人たちは、何一つ持つこともなく、着の身着のままで吉林に向かったのです。
でも、吉林もロシア軍が侵入してきて、無茶苦茶なことをしていたので、平安屯に集まった人たちでひとつの団体を作って、新京に逃れることにしたのです。
この新京に到着するまでの出来事を思い出すと、いろいろのことが山のようにあります。
でも、その出来事というのは、ロシア人と満人から日本人である僕らがいじめられたということです。
ロシア人にとって、日本人というのは虫けら以下だったのです。
あの当時、ロシア兵は日本人を殺そうが、焼いて食おうが、自由気ままにできたのです。
だから、平安屯から新京までの間でも、ずいぶん痛めつけられました。
ようやく新京に着いたので、これで安心と思ったのは、日本人のヌカ喜びだったのです。
ロシア兵と満人が、田舎から出てきた僕らに対し、虫けらでも殺すのと同じように殺したり、傷つけたり平気でするのです。
道をひとりで歩けませんから、二、三人で歩いていると、不穏の動きがあると言ってロシア兵から取り締まられるのです。
ロシア兵に見つかって逃げると、すぐパーンと銃で撃たれるのです。
それで日本人が死んでも、それは全く日本人が悪いのだというのです。
何をしても日本人の言うことは通用しないし、いじめることではロシア人ほど上手な奴はいないでしょう。
あれは、人間ではなくて、鬼か蛇のようなケモノ達だったのです。
結局、僕たちは新京にいてはいけないと、ロシア兵が言うのです。
とうとう平安屯から一緒にきた日本人は、ハルピンに追いやられることになったのです。
さんざん苦労してハルピンに着いたのは、満洲では降った雪が来年まで溶けないと言われる11月の中ごろだったのです。
しかし、そのハルピンも、僕たちにとっては永住の地ではなかったのです。
もちろん僕たちも戦争に負けた日本人のひとりだから、そんなに楽な生活をしようとは思ってなかったのです。
しかしロシア軍が、日本の強い兵隊がいたときに満洲に攻めてきて、強い日本軍と戦争して勝って満洲国に入ってきたのだったら仕方がないとあきらめるけれど、ロシア軍というのは卑怯な奴だから、強い日本軍がほとんどいなくなったすきに、コソ泥のように満洲に入ってきて、日本人である僕たちをいじめるのだから、腹が立って仕方なかったのです。
もし僕がもっと大きくて力をもっていたら、僕ひとりでもロシア兵と戦うのになあと思いました。
ロシア兵はそんな無茶苦茶なことをするのです。
僕たちは、みんな、歯を食いしばってロシア兵の乱暴に耐えたのです。
こうした思いをもってハルピンまでたどりついたのです。
ところがハルピンに着くと、ロシア兵がやってきて
「お前らのような汚い日本人をハルピンにおくことはできない。
お前たちはみんな奉天に移動せよ」と申すのです。
やっとハルピンに着いたのに、また奉天に行けとはあんまりしたことであったので、日本人を代表してロシア兵に抗議をしに行った日本のおじさんは、抗議をしたというだけで、その場で撃ち殺されてしまったのです。
僕たちは、もう、抗議をすることも、お願いをすることも許されないということを知らされました。
牛や馬が、人間の言うままに動かなくてはならないのと同じだったのです。
奉天に移動するということになると、もうひとつ大変困ったことがあるのです。
それは、平安屯から新京へ、新京からハルピンへと移動したのですが、実をいうと移動するたびに、僕らの持っている荷物が減ってくるのです。
そんなことはロシアの兵隊にはわからないし、また、わかっても言うことを聞くような奴らではありません。
ロシア兵という奴は、自分たちが少しでも機嫌が悪くなると、すぐ日本人をなぶり殺しにするのです。
日本人が死んで行くのを見ては、ワイワイ騒ぎながら酒を飲んで、自分たちの機嫌を直すのです。
こんなロシア兵が奉天に移れと言うので、仕方なく奉天に移ることにしました。
奉天に移ることになると、汽車に乗らなければなりません。
三時間汽車に乗ると、五時間歩かなければならなかったし、五時間汽車に乗ると、五万円も七万円も機関手に賄賂を渡さなくてはならなかったし、いやないやな旅でした。
ようやく奉天に着いたものの、もう12月も終わりに近づいていた満洲は、大変な寒さであった。
ハルピンも奉天もこの、寒いということでは、一緒であったし、平安屯から持ってきた着物などもほとんど売りつくしていたので、奉天の集中営に入ったときは、乞食と同じようになっていました。
この集中営に入ってからは、自分の持っている着物は全部身につけてしまったけれど、まだ寒いので毎日震えていました。
そして何もない、本当になにもないお正月が終わって、五、六日過ぎた頃、突然ロシア兵が十五、六名、どやどやと部屋の中に入ってきました。
そしてその中で日本人のような顔をしたロシア兵が、大きな声でわめくように、
「この中に、陸軍の将校の家族の者はいないか。いたらすぐロシア軍の司令部まで来い」と日本語で怒鳴ったのです。
僕たちはどうなることだろうと思っていましたが、誰もそんな人はいないだろうし、またいても、出て、ロシア軍の司令部に行くようなお人好しはいないだろうと思っていました。
すると僕のすぐそばにいた、僕をいつも可愛がってくれていた、山田というおばさんがすーっと立つのです。
僕はびっくりしました。
時がときだけに、僕の心臓は早鐘を打つように高鳴ってきました。
山田のおばさんは、そのまま外へ出て行こうとします。
僕はおばさんの後を追って、部屋を出ました。
そして集中営の出口のところで、山田のおばさんに追いつきました。
「おばさん、どこへいくの」と尋ねたのです。
するとふっと振り返った山田のおばさんは、いつもよりすこし青ざめた顔をしておりました。
しかし、いつものようの微笑みながら
「ロシア軍の司令部へ行くんですよ」と、いつもの変わらぬ口調でおっしゃるのです。
僕はこの山田のおばさんの言葉にびっくりして、
「おばさん、行っちゃだめだよ。
ロシア軍の司令部に行ったら、どんなことをされるかわからないから、行っちゃだめ。
おばさん、誰も知らないことだから、行かなくてもいいよ。
それにおばさんは、軍人さんのおばさんですか」と尋ねると、
「そうです。おばさんのところのおじさんは、立派な軍人さんでした」
「おばさん、行かなくてもよいでしょう。行かないでください」
僕が頼むように言うと、おばさんは笑いながら、
「おばさんは、帝国軍人の妻ですよ。
満男ちゃん、立派な人になって、戦争に負けた日本の国を、早く再建してください」と言い残すと、そのままロシア軍の司令部の方へすたすたといつもと同じような様子で、立ち去って行かれたのでした。
奉天に来てから、あんなに僕を可愛がってくれたあの優しいおばさんのことが胸いっぱいに湧き上がってきて、おもわず僕は泣きたくなりました。
そしてその翌日のことでした。
昼ごろになったので、日本人はみんな食事をしようかなと話し合っているときでした。
ロシア軍の司令部から、命令が出たとのことです。
それは日本人は全員、奉天駅前に集合せよ、とのことです。
みんなは、何だろうと話しながら、奉天の前に急いだのです。
ただ、僕は、奉天の駅前に集まれとの命令が出たときから、何かしきりと胸騒ぎがしていたのです。
それは何の胸騒ぎであるかわかりませんが、きっと何かおおきな不幸が怒るんじゃないかと、胸が痛いほど心配がたかぶってきたのです。
奉天の駅前に着いてみると、もう黒山のように人がいっぱい集まっていました。
日本人だけではありません。
満人も、鮮人も一緒でした。
日本人が一番前の方に出されました。
するとあの日本人のような顔をした日本語をよくしゃべるロシア兵が出てきて、集まっている日本人をにらみつけました。
「今日ここで、みんなに見せつけのために、日本のかつての陸軍の将校の家族のものを処刑する。
正しくない戦争、侵略の戦争をすれば、その最後はこんなものになるのであるということを、みんな肝に銘じておけ」と大声で怒鳴るのです。
(ねずきちです。よく言うよ!です。「正しくない戦争、侵略の戦争?」日本軍の勢力が衰えたところにまるで泥棒猫のように侵略し、暴行非道の限りを尽くすことこそが、正しくない戦争であり、侵略の戦争でしょう!こうしたコミュニストマインドというのは、世界の悪そのものです)
日本語が上手といっても、ロシア人です。
ところどころの日本語はわからないようなところもありましたが、何かこのロシア兵がわめいていることを聞いているうちに、ぞーっとしてまいりました。
そして僕の体が、ガタガタと震えだしたのです。
この日本語をしゃべるロシア兵が、しゃべり終わって後ろを向いて合図をしました。
すると、ちょうど奉天駅の前に、僕らが奉天に着いたときからあったロシア軍の大きな戦車の横から、十三名のロシア兵に連れられた日本の女の人が現われてきたのです。
僕はその女の人をパッと見たとき、のけぞるばかりに驚きました。
その女の人は、あの山田のおばさんだったのです。
「あっ・・、山田のおばさん」と僕は叫びだしたいような衝動に駆られました。
僕の膝はガクガクと揺れ出してしまって止まりません。
そしてその山田のおばさんの姿を見ていると、もう立っていることができないようになりました。
鬼より、野獣より、汚い恐いロシア兵が、山田のおばさんに何をするのだろうと不安で胸が破裂しそうです。
ロシア軍戦車の前に引き出された山田のおばさんは、薄紺のズボンに薄紺の上着を着ているのです。
とても綺麗なおばさんに見えるのです。
いままで山田のおばさんが、こんな綺麗な美しい人だとは知らなかったのです。
その山田のおばさんは、いま、僕の眼の前で、さみしそうだけれど、その顔には微笑みさえ見えるのでした。
やがてこの奉天駅前の広場に、五頭の馬が引き出されて来ました。
そしておばさんの右手と左手、右足と左足に、大きな縄がくくりつけられました。
そしてその縄のはしを、引き出された五頭の馬にそれぞれくくりつけられたのです。
しかし山田のおばさんは、顔色を変えずにまだ立っているのです。
そして僕たち日本人の方を静かに振り向きながら、はっきりした口調で、
「さようなら、みなさん。元気で早く日本に帰ってください。そしてまたきっと遇いましょう」と言われたのです。
おばさんがこの言葉を言っているうちに、ひとりのロシア兵が出てきて、いきなりおばさんの顔を針金のようなものでピシリと殴り付けたのです。
おばさんの頬から、真っ赤な血潮がパッと吹きだすように流れました。
見ていた日本の女の人たちは、おもわず横を向いて目をつぶったのです。
見ていられなかったのです。
僕はおもわず、
「おばさーん、おばさーん」と叫びました。
そしておばさんの方へ駆け出そうとしました。
その僕を、誰かがしっかり押さえました。
そのうち、もう一本の縄がおばさんの首にかけられ、馬にくくりつけられました。
やがて、ロシア兵の将校が現われてきました。
髭を生やした偉そうな男です。
この男が合図をすると、二人のロシア兵が来て、おばさんを押し倒し、そのおばさんの体の上に、このロシア兵が馬乗りになっていました。
五頭の馬には、ひとりずつ、ロシア兵が手綱と鞭を持って立っていました。
どうなることかと見守っていると、やがてあの髭を生やしたロシア将校が、さっと手をあげて合図をしました。
すると、ああ、いま思い出してもぞっとするあの惨劇が眼の前で行われたのです。
五人のロシア兵が馬の手綱をひきながら、鞭で馬の尻を叩いたのです。
馬は五方面に走りだしたのです。
そのときどうでしょう。
ギャーッという叫び声とバリバリという音が聞こえました。
そして山田のおばさんの体は無くなってしまっているのです。
ただ、蛇のような腸の切れ端が少し残っているだけだったのです。
満人と鮮人は、ワーッと喚声をあげていました。
ロシア兵はニタリニタリと笑っていました。
僕はとても見ていることができず、その場に座り込んでしまったのです。
動くことができなかったのです。
ロシア兵も満人も鮮人もいなくなりました。
あとに残ったのは日本人だけだったのです。
日本人の眼には、誰の眼にも涙が光っておりました。
僕はしばらくたって、あのおばさんの体の引き裂かれたものを、ひとつひとつ集めました。
ほかの日本人の人たちも、このおばさんの体を集めはじめました。
僕は、いまでも奉天という名を聞くだけで、何かを呪いたいような気持になさしめられるのです。
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このお話は、調寛雅(しらべ かんが)著「天皇さまが泣いてござった」から、そのまま引用させていただきました。
最近、日本なんてなくなったっていいんだよ。俺たちは国際人として、あるいは世界市民としてこれからの新し時代を築くのだ、などと、まことしやかに言う議論を耳にします。
しかし、そういう気楽な発言ができるのも、ここが日本だから、そういう庶民が自由に発言できる日本という国を、立派に守ってくださった多くの先人たちの血の努力があったからなのだということを、忘れてはいけないと思うのです。
日本という国があるから、人々は安心して暮らすことができ、自由に意見も言える。
そういう国という枠組みがなくなったらどうなるのか。何が起こるのか。そのひとつの例が、今日、ご紹介した山崎さんの手記です。
中学生の男の子が、こんな体験をしなければならない。
彼の眼に、鬼畜のように写ったロシア兵も、その多くは銃で脅され、本人の意思とは関係なく軍に挑発され、言うことを聞かなければ殺されるという環境の中で、給料も払われず、そのかわり戦勝地では、ありとあらゆる略奪、暴行が許されるという環境の中にいた兵士達です。
当時のソビエト共産党にとって、ソビエト人も人間ではない。家畜以下です。
そして家畜以下にされた彼らロシア人は、同様に日本人に対して、さらに酷い家畜以下の仕打ちをした。
要するに、「武器を持っていれば、なんでも無理を通すことができる」という、人類史の闇が前面に出てきたとき、こうした自体が起こるということです。
日本人は、武器をもって他人に言うことを聞かせるのではなく、ひとりひとりが武器を持つことよりも働くこと、人のためになることを優先する民です。
そうやって過去、1万年の進化を遂げてきた。
しかし、世界はそうではない、ということです。
武器を持って支配する。
言うことを聞かなければ殺す。
支配する者と支配される者との関係は、人と家畜の関係以下である、ということです。
ですから、日本の左翼が好きかって言えるのも、ここが日本だからです。
しかし彼らが望む、日本崩壊、日本亡国は、結果として、多くの日本人に「悲惨」の二字を与える。
文中に出てくる陸軍将校の奥さんのお話が出てきました。
おそらく、髭のロシア将校が、日本人の将校の妻を今夜のごちそうにしようと、部下に命じて徴発させたのでしょう。
山田のおばさんも、そんなことは百も承知だった。
同時に山田のおばさんは、誇り高い日本陸軍の将校の妻として、絶対に彼らの言うことは聞くまいと、心に誓って彼らのもとに赴いたに違いありません。
何週間も風呂にも入れない生活が続いた避難民です。
おそらく、ロシア将校は、山田のおばさんに、将校の妻だからと、新しい服を与え、体もきれいに拭かせたのでしょう。
そしておかずにしようとした。
しかし、山田のおばさんは、これを凛として拒んだに違いありません。
そしてそのあまりの凛々しさに、さすがのロシア兵すらも、手を出すことができなかった。
そこで見せしめのために、馬に引かせて五体をバラバラにして殺した、というのが真相であろうかと思います。
そしてそういう非道を、子供にさえも平気で見せる異常さ。
そういう残酷な姿を見て喜ぶ満人や鮮人の異常さ。
世界には、そういう異常者がいるのだ、という事実を、やはり私たちは絶対に忘れてはならないと思うのです。
日本を守るのは、日本しかない。
ねずきちの ひとりごと 様より転載です。
落語に「桃太郎」という作品があります。
三代目、桂春団冶が演目のマクラによく演じたことで知られた名調子ですが、寝かせつけようと桃太郎の昔話を聞かせる父親に、子が、
「なぜ昔なの?」
「なぜ何町だと言わないの?」などなど、いろいろと質問をぶつけます。
もう頭がおかしくなりそうだ。
「閣僚が国会で虚偽答弁しても内容次第で責任は問わない」
何を言ってるかわからないだろうが私もわからない。
しかし、現実に閣議決定されている。
内容如何ではなく、虚偽答弁自体が重大な問題だと思うのだが、そう考える私はおかしいのだろうか?誰か「管理人は正しい」と言ってほしい。本当に頭がおかしくなりそうだ。
これは柳田前法相の発言どころではなく、国会軽視も極まった許せない答弁書だ。こんなことが許されたら国会の意味がなくなる。内閣不信任案レベルなどはるか通り越した暴挙だ。
これが報じられたら即座に内閣総辞職もののはずだが、各紙をチェックしてみても、現時点では朝刊がどうなるかはわからないが、少なくともWeb版では産経しか掲載されていない。これを報じない他紙は本当に存在価値のないゴミだ。
日本が目に見えてリアルタイムで破壊されている。日本人よ、怒れ!我々でこの件を拡散せねばならない!
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国会での虚偽答弁の責任は「内容次第」 政府答弁書が無責任に…
政府は10日の閣議で、閣僚が国会で虚偽答弁を行った場合の政治的・道義的責任について「答弁の内容いかんによる」とし、必ずしも責任は問われないとする答弁書を決定した。自民党の森雅子参院議員の質問主意書に答えた。先の臨時国会では、仙谷由人官房長官をはじめとする閣僚の虚偽答弁が追及された。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101210/plc1012101227012-n1.htm
こんな判決を下して、名古屋地裁は何を考えているんだ。いつから日本は法治国家でなく人治国家になったんだろうか。
この判決は、不法入国しても子供を盾にすれば不問となると裁判所がお墨付きを与えたようなものだ。これから既成事実を作った不法入国者全てに同じ判決を下していくつもりなのか。まさにやったもの勝ちじゃないか。正式な手続きを経て日本に来た外国人にどう説明するんだ。
「かわいそう」で済むなら警察も検察も裁判所も必要ない。だいたい日本人が対象の事案なら司法は「かわいそう」で済ますことはないだろう。このダブルスタンダードはどう考えてもおかしい。
当然高裁に控訴するんだろうが、こんな法を蔑にした判決認めてはならない。
だいたいペルーは生活面・学習面でそんなに劣悪なのか?ペルーに対してものすごく失礼だ。
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日本生まれ長女に配慮、強制退去取り消し 名古屋地裁
他人名義の偽造旅券で日本に入国した三重県鈴鹿市のペルー人夫婦と日本で生まれた長女(10)が、名古屋入国管理局の強制退去処分の取り消しを求めた訴訟で、名古屋地裁(増田稔裁判長)は9日、請求を認め、処分を取り消す判決を言い渡した。
原告の弁護士は「判決は行政裁量権の範囲の逸脱を認め、日本で出生した長女の生活、学習面を考慮しており、非常に評価できる」と述べた。
判決は、法務省が定めた「在留特別許可に係るガイドライン」に沿って判断。日本での生活経験しかない長女について、ペルーで生活すれば生活、学習面で大きな困難が生じると指摘。
長女の養育を考えれば、在留特別許可は両親と長女一体のものと判断するのが相当とし、夫婦が3人の兄弟を高校に進学させるなど協力して懸命に子育てしていたことを挙げ、「夫婦と長女に在留資格を与えない判断は社会通念上妥当性を欠き違法」と結論付けた。
また平成10年から夫婦が入管に出頭するまでの約9年間、入管が放置したことを「日本に在留することを黙認していたといえる」とした。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/101209/trl1012091428004-n1.htm
愛知県(【12/11】中国総領事館土地問題チラシ配布
≪第1回目≫ 日時 : 平成22年12月11日(土) 午後1時集合
集合場所 : 地下鉄 名城線 市役所駅 2番出口 地上
チラシ配布場所 : 名城住宅跡地周辺(北区の南側と東区の西側)
※配布チラシは、用意しています。
主催:頑張れ日本全国行動委員会 愛知県本部
「在名古屋中国領事館による名城住宅跡地の国有地3千坪購入に反対する住民運動を起こすため、名城住宅跡地付近の住民にチラシを配ります。
そして、地元の方々への領事館移転反対の集会を呼び掛けます。集会場所は決まり次第改めて連絡致します。
集まった人数に応じて、地図を区分けして配る場所を分担します。大勢集まれば広い地域に配布できますので大勢の方のご参加をお待ちしています。
-草の根の力を結集しょう- 12.11 アジアに自由と平和を!in 高松
東京にて「アジアに自由と平和を!」と題しまして、中国の覇権主義と他民族への侵略・弾圧に抗議するデモが開催されました。4500人以上の参集となり大きな盛り上がりを見せました。
主催は「頑張れ日本!全国行動委員会」で、チベット・ウィグル弾圧や台湾・尖閣の危機を取り扱いました。
12月11日(土曜日)、わが香川県においても同じテーマで中国への抗議デモを開催いたします。
中国は尖閣諸島への侵略のみならず、台湾への恫喝、チベットでの虐殺、ウィグルでの核実験など、その覇権主義はとどまるところを知りません。
このような人権を認めない中国の姿勢には、日本人こそが声をあげて立ち向かわなければなりません。
10月23日の高松デモでは300名以上の皆様にご参集いただきました。その勢いをさらに強めて、12月11日、香川県高松市での抗議活動にどうぞご参加ください。
日 時 平成22年12月11日(土曜日)
午後12時30分~(雨天決行)
集合場所 サンポート高松 多目的広場 (JR高松駅 北側)
http://www.symboltower.com/hall/plaza/plaza.html
主な内容 開会の挨拶~国歌「君が代」斉唱
ゲストの先生方の講演(1時間ほど)
デモ行進 中央通を南下~中央公園前で折り返し
※先生方は三越前にて街宣(希望者は同伴できます)
多目的広場に戻り、先生方より挨拶を頂き、解散。
ゲスト: 水島総さん(チャンネル桜社長)
田母神俊雄さん(前航空幕僚長/頑張れ日本!会長)
イリハム・マハムティさん(日本ウィグル協会代表)
★ 10時30分から風船等の準備をします。お手伝い下さる方は下記藤澤猛まで連絡下さい。
★ 日の丸、チベット旗、ウイグル旗、台湾緑旗、大歓迎です。
★ プラカードの持参は自由ですが、民族差別的なものは禁止です。
★ 拡声器の持ち込みはご遠慮下さい。
★ 近隣の他県の皆様のご参加、大歓迎です。
★ カンパ大歓迎
主催 頑張れ日本!全国行動委員会香川県本部
代表 藤澤 猛
香川県高松市国分寺町福家甲1687-2
☎080-6380-6264(藤澤)
共催 讃岐ビジョンの会 ☎087-821-4139(亀山)
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中国の尖閣諸島侵略糾弾!国民行動
~仙谷官房長官の地元で糾弾行動を!~
<リレートーク、デモ、チラシ配布>
日時:平成22年12月12日、13:00~16:30、 雨天決行!
集合場所:JR徳島駅前 エスカレータ下
内容:13:00~:集合 &準備
13:30~:リレートーク開始
14:00~:デモ行進(徳島駅前⇒新町商店街⇒徳島駅前)
15:00~:徳島駅前でチラシ配布
16:30~:片付け~解散
主催:頑張れ日本!全国行動委員会・徳島県有志の会
連絡先:090-7582-8582(よしかわ)、080-6386-1225(せのお)
石垣市議会議員の二人が今日、尖閣諸島に上陸。
2市議は上陸禁止の南小島に上陸したことで海保から事情を聴かれたようです。賛否があると思いますが、これで尖閣は日本の法が及ぶ日本の領土であるという最新の実績ができました。
この2市議の行動に対して民主党政権はどう対応するのだろうか?上陸禁止を理由に非難すれば法の及ぶ日本領と認めてしまい中国様のご機嫌を損ねてしまう。黙認しても日本領認定だ。
中国はどう出るのだろうか。不法入国で2市議の引き渡しでも求めてくるのだろうか?もそんなことに応じたら終わりだから、結局民主党は拒否して日本領認定するしかないな。
中国様に取り入りたくて仕方ない仙谷をはじめ売国議員は今頃機嫌悪いんだろうなm9(^Д^)プギャー
そういえば、石垣市長が尖閣上陸の許可を政府に求めていたはずだがどうなったんだろうか?どうして中国に遠慮して日本領土内の移動を制限されなばならないんだ。だいたい日本人が日本の土地に行ってニュースになること自体が異常なんだ。
そんな馬鹿な制限はさっさとやめて、尖閣への自衛隊配備も前倒しして、領海侵入の中国漁船に発砲・撃沈できるように法改正だ。
民主党はそんなことしないだろうから、国民の間だけでもその機運を高めておかねばならない。
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尖閣諸島に石垣市議が上陸 海保が事情聴く
沖縄・尖閣諸島の行政管轄権を持つ沖縄県石垣市の市議2人が10日、尖閣諸島の南小島に上陸したことが政府関係者への取材で分かった。2人は漁船で同諸島に向かい、すでに南小島を離れたという。政府は諸島の所有者から土地の大部分を借りて上陸を禁じており、南小島も政府が借り上げている区域で、勝手に上陸すれば軽犯罪法違反にあたる。海上保安庁は2人が乗船している漁船を洋上で止め、事情を聴いている。
今年9月の中国漁船衝突事件を受けて、石垣市議会は10月、固定資産税の評価や生態系の把握などを目的に同諸島への上陸を全会一致で可決。政府に許可を求めていたが、返答がないため上陸を強行したとみられる。
尖閣諸島に向かったのは、石垣市議会の仲間均市議と箕底(みのそこ)用一市議。
ヘリコプターで2人に同行したテレビ局の放送によると、漁船は9日に石垣島を出航、同日夜に南小島の近くに到着。島には接岸せず、10日午前8時50分ごろ、2人が海に飛び込んで同島のかつお節工場跡地に上陸した。周辺に海保の巡視船などの姿はなかったという。
テレビ局の取材に対して箕底市議は「約40分間調査した。誰が何と言おうが、尖閣諸島に上陸して調査することは、中国がどうのこうのというのは関係ない」などと話した。
海上保安庁によると、尖閣諸島周辺は漁船が漁業をすることには問題はないが、漁業者以外の人間を乗船させていた場合、航行時に必要な安全設備の基準が漁船とは変わるため、船舶安全法違反に当たる可能性があるという。
仲間市議は平成15年にも尖閣諸島に上陸しており、第11管区海上保安本部(那覇市)に書類送検されている。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101210/plc1012101700020-n1.htm
熱でボーっとしてて、危うくこのエントリーを忘れるところだった。日が変わる前に気付いてよかった。
記憶せよ、12月8日。
この日世界の歴史改まる。
アングロサクソンの主権、この日東亜の陸と海とに否定さる。
否定するものは彼らのジャパン、眇(びょう)たる東海の国にして
また神の国たる日本なり。
そを治(しろ)しめたまふ明津御神(あきつみかみ)なり。
世界の富を壟断(ろうだん)するもの、強豪米英一族の力、我らの国に於いて否定さる。
我らの否定は義による。東亜を東亜にかへせといふのみ。
彼らの搾取に隣邦ことごとく痩せたり。
われらまさにその爪牙(そうが)を砕かんとす。
われら自ら力を養ひてひとたび起つ。
老若男女みな兵なり。
大敵非をさとるに至るまでわれらは戦ふ。
世界の歴史を両断する12月8日を記憶せよ。
高村光太郎
中国の商標登録のいい加減さは有名です。
「クレヨンしんちゃん」のパクリが商標登録されて本物が登録できないのは有名な話ですが、愛媛関係での名称・ロゴに対しても、明らかなパクリ発覚です。
詳細は転載記事と画像を見てください。パクリというか、そのまんま同じものです。
先端製品からタオルに至るまで自分で考えずにパクリで稼ぐ中国、ふざけんな!ヽ(#゚Д゚)ノ┌┛)`Д゚)・;
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今治タオルの商標登録が中国で拒否
四国タオル工業組合(今治市、平尾浩一郎理事長)がブランド化を進めている「今治タオル」の名称が、中国で商標登録を拒否されていたことが7日までに分かった。中国の企業が組合よりも先に中国商標局へ登録出願していたためで、組合と今治市は共同で同局に異議を申し立てる。
組合によると2009年12月25日、「今治タオル」の名称と、「imabari towel(イマバリ・タオル)」の文字をあしらったロゴマークを世界知的所有権機関(WIPO)経由で中国に出願した。
しかし同年12月15~21日、中国企業の上海秀棉織業有限公司がタオルなどの商標として、「今治」の名称と、組合のロゴマークを右に90度回転したロゴマークを出願していた。
中国側は「今治タオル」の名称が「『今治』に類似している」として組合の登録を拒否。組合には11月上旬にWIPOを通じて拒否通知が届いた。
一方、ロゴマークについては組合が特許庁に出願した09年11月5日が国際登録日と見なされるほか、中国からの拒否通知が届いていないことから、組合は登録が認められると見込んでいる。
中国企業の「今治」は今月中にも商標登録が公示される見通し。公示後3カ月以内に異議がなければ登録が認められるため、組合と市は近く共同で異議申し立てする。
http://www.ehime-np.co.jp/news/local/20101208/news20101208222.html
「今治タオル」のロゴマーク(左)と、中国企業が登録出願している商標(中国商標局HPから)
朝鮮学校が福岡県から支給された補助金を支援団体との飲食接待に使っていたことが明らかになった。
そもそも日本人の税金から反日教育をしている朝鮮学校に補助金が出されていること自体納得いかないが、それを教育ではなく飲食に使っているとはどういうことか。支援団体に14万円の粗品とはどういうことか。補助金自体が朝鮮学校や「朝鮮学校を支える会」の利権になってしまってるじゃないか。
今回の件がすべてなのか?そんなことはないだろう。金の不正使用なら朝鮮人は超一流だ。全国の朝鮮学校を徹底的に洗って利権にありついている連中を社会に晒し、補助するいわれのない補助金など廃止すべきだ。無論、憲法違反の朝鮮学校無償化など言語道断。北朝鮮の収入に流れるだけだ。
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朝鮮学校、補助金で不明瞭接待 ずさん管理浮き彫り
福岡県から市民交流の名目で九州朝鮮中高級学校(北九州市)に平成20年度に支給された補助金208万円のうち、98万円が教員らと特定支援者との不明瞭な交流費に使われていたことが5日、分かった。大半が飲食接待をうかがわせる「渉外費」として処理されていた。県内の朝鮮学校では補助金の二重取りも発覚しており、補助金管理のずさんさが改めて浮き彫りになっている。
情報公開請求で開示された20年度の報告書によると、県内の朝鮮学校の経理を統括する「福岡朝鮮学校」を通じて県が支出した補助金800万円に対し、同中高級学校は「市民交流」費として53件計208万円を申告。うち22件計98万円が日本人による支援組織「朝鮮学校を支える会」メンバーとの会合にあてられていた。同校教員らを合わせて出席者が2~6人という会合が多くを占めた。
出席者4人で、交通費など諸経費を除いた「渉外費5万3300円」、5人で「渉外費3万4700円」といった教員らと少数の支援者との飲食に使われたとみられる不明瞭な明細が目立ち、支える会への「租品代」として「14万4850円」や「8万7600円」という記載もあった。
産経新聞の取材に同校は「責任者が不在で、分からない」。補助金を管轄する県私学振興課は「領収書を学校側に返却しており、渉外費の詳細は確認できない。小人数の会合でも広い意味では交流であり、適正な支出と考えている」としている。ただ、県の財政部門は「渉外費ではあいまいなため通常、食糧費などと明記している」と説明、朝鮮学校への補助金に関するチェックがずさんであることが表面化した。
東京基督教大の西岡力教授は「生徒の教育のためではなく、特定支援者との一種の政治活動に使われていて明らかにおかしい。ほかの自治体も含め、改めて補助金のあり方が問われるべきだ」と話している。
http://sankei.jp.msn.com/life/education/101206/edc1012060131000-n1.htm
12月5日に神戸で行われた「中国による尖閣諸島侵略阻止」デモin 神戸、850~1000人が参加した模様です。
当日の様子は『花うさぎの「世界は腹黒い」』様の「中国による尖閣諸島侵略阻止」デモin 神戸にて詳細に解説してくださってます。
先日神戸で行われた、個人企画で3日前告知のデモに400人が集まり、今回の1000人弱動員と神戸の方も非常に頑張ってくれています。この流れが全国規模になっていますね。
参加された皆様、ご苦労様でした。
うPされているデモ前の集会の様子と行進の様子、行進後の国歌斉唱の動画を紹介いたします。
櫻井よしこ氏が今年度の正論大賞を受賞しました。
私も「正論」等で櫻井さんの主張を読ませていただいており、非常に勉強になります。
そこで、勝手に櫻井氏に「オレンジいろのあさ正論大賞」を贈呈させていただきます(◎´∀`)ノ
今後とも勉強させていただきます!
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櫻井よしこ氏に正論大賞 日本の誇り回復へ精力的に
第26回正論大賞がジャーナリストの櫻井(さくらい)よしこ氏(65)に贈られることが決まった。フジサンケイグループがこのほど開いた正論大賞の選考委員会で、日本再生へ向けた精力的な言論活動が高く評価された。
正論大賞はグループの基本理念である「自由と民主主義のために闘う正論路線」を発展させた学者、文化人らに贈られる年間賞。
櫻井氏は「日本文明を誇りとする」立場からシンクタンク・国家基本問題研究所を設立、「日本人の誇りと志」を取り戻すべく提言を続けている。櫻井氏は、周辺への膨張、歴史の欺瞞を続ける中国に対して厳しい目を向け、日本が戦略的な対応をとる必要性を強調。尖閣諸島沖漁船衝突事件などをめぐる民主党政権の混迷を厳しく論評している。
また、家族、皇室、靖国参拝など日本の伝統的な価値観を尊重し、民主党が推進しようとする外国人参政権などには明確なノーを突きつけた。こうしたぶれない姿勢と切れ味鋭い論調が正論大賞にふさわしいと評価された。櫻井氏は産経新聞「正論」執筆メンバー。
新進気鋭の言論人を見いだして顕彰する新風賞は今年は該当者はいなかった。
正論大賞の正賞はブロンズ彫刻「飛翔」(御正進氏制作)、副賞は賞金100万円。贈呈式は来年2月16日夕、東京・グランドプリンスホテル赤坂で行う。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101206/plc1012061701009-n1.htm
櫻井氏受賞の言葉 日本の根本課題を解く 直球表現で発信続ける
足掛け15年前になる平成8年3月、16年間続けたテレビのニュースキャスターを卒業した。当時記者会見で語ったことを長い間私は忘れていたのだが、10年ほど過ぎたころ、古いVTRを見た。すると、その中で私は、「これからは論陣を張っていきたい」と語っていた。
思わず赤面する気負った発言である。自分自身に明確な意識はなくとも、そんな気負いの中で、私は歳月を暮らしてきたのだろうか。
書くことは、考えるというひとり作業である。現在進行形の世界の状況を横軸としてとらえ、それを、縦軸としての長い歴史の中に置きつつ近現代史の一次資料に当たる。先人たちの思想や行動が少し身近に感じられるようになるとき、横軸と縦軸の交差地点に浮かんでくる現在の日本の姿ほど、心もとないものはない。戦前戦後を通じて、日本が繰り返し犯してしまう失敗の根深い原因も、両軸の交差する地平から見えてくる。
特に戦後の日本の営みを見詰めるとき、わが国に理念が欠落し、政策に一貫性が欠けているのは明らかだ。なぜ、これほど漂流するのか。現状への深い失望や憤りは、日本を愛すればこそである。この失望と憤りの向こうに、日本の直面する根本的な問題への解を見いだし、その実現に言論人として資することのできる自分でありたい。そう切望しつつ、私は書いてきた。書くとき、折々に母に言われた言葉が蘇(よみがえ)ってくる。
「あなたのことを、いつも神様が見ていらっしゃる。たとえ神様が見ていらっしゃらないときでも、自分自身が見ているのだから、自分に恥じないように生きなさい」
私も人間である。間違いも思い込みもしてきた。恥をかきながら、自分の視点を検証し、改めてきた。間違いに学ぶことが前向きの力になることも体験してきた。
一方、不器用であるために、私の表現はおのずと直截(ちょくせつ)になる。筆を進めるとき、なぜ、ここまで激しく厳しく書くのかと反問しながらも、書かずにいられない。摩擦が生まれても止めるわけにはいかない。
なぜなら、言論を物し、周囲と対立したとき筆を緩めるとしたら、そんな自分をもうひとりの自分が凝(じ)っと見詰め続けるに違いないからだ。その凝視の前で、筆を緩めようとするもう一方の自分を消し去りたくなるほど恥じ入るであろうから。
だから、いまの直球表現で、これからも気負い続けるのが、一番私の性に合っているのである。
加えて経験から、実感もしている。最も批判されるときこそが、言論人として最も鮮烈な生を生きている瞬間なのだと。こんな言葉も心に刻まれている。
「深海に生きる魚族のように、自ら燃えなければ光はない」
どんな状況になっても、言論人は自分の考えを発信し続けることが最善だということだ。
この度、名誉ある正論大賞を受賞することになった。身に余る光栄の前で、私は深海の魚のように一人ではないことを実感している。それどころか、多くの人々に支えられていると感じ、心をあたためられ、深く感謝している。この重い意味のある正論大賞に励まされ、さらに論を磨き、深め、発信していきたい。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101206/plc1012061701010-n1.htm
衆議院議員
平沼 赳夫 事務所からのメールを転載します。
夫婦別姓がなぜ良くないのか・・・ 戸籍制度の破壊が目的
民主党は、国益や公約は守りませんが、自分たちの日本解体イデオロギーの推進実現には全力を尽しています。
「子供が18歳になったら『家族解散式』をやろう」(福島瑞穂氏著『結婚はバクチである』)
「(別姓の夫婦が多くなれば)外からみると、事実婚なのか、法律婚なのか、分からないと思います。私は、事実婚なのか、法律婚なのか、まったく分からなくした方がいいと思うんです」(福島瑞穂氏著『夫婦別姓はいかが』)
この制度は、こんな便利でお得なメリットがあります。
そしてあくまで「選択制」ですから、必要がない人や嫌だと思う人は「制度を利用しなければ」よいのですから、まったく問題はありません。
大体どんな商品でもこのような「売り方」をするものには要注意です。どんな危険な内容であっても「利用しなければ大丈夫」が罷り通れば、必ずその災禍は「利用しないもの」に及んできます。
推進者は制度のメリットを強調し、一部の希望者のみに認めるだけで、社会への影響は少ないと説明します。果たして本当にそうなのでしょうか。
夫婦別姓制度が家族の一体感を損ない、子供に悪影響を及ぼすことは間違いありません。何より夫婦別姓は親子別姓なのです。
毎日のように報道される「児童虐待」は統計以上に深刻さを増していると考えられます。ただでさえ歪んでいるわが国の親子の関係が、夫婦別姓・親子別姓・事実婚の増加・安易な離婚再婚によって、ますます脆弱になるとの懸念があります。
日常生活で余り意識されることはありませんが、日本の家族と社会を根本で支えているのが戸籍です。
戸籍は、出生・結婚・死亡などを「夫婦と未婚の子」を単位として登録します。
戸籍制度は結婚や相続など家族と社会の係りにおいて重要な役割を担うと同時に、家族が運命共同体であることの一体感を維持するという機能をも有しているのです。
日本のこの戸籍制度は、実は、大和朝廷時代にはすでに日本に定着していた歴史ある制度です。
孝徳天皇の御代に広められ、大化2(646)年1月の大化の改新によって全国で作成された「庚午年籍(こうごねんじゃく)」が、これが我が国の「戸籍」の始まりです。
戸籍制度は、日本にしか存在しない世界に誇る制度です。家族の連続性、一体性を記し、未来に残していく証しです。
江戸時代から明治初期にかけて日本に来日した外国人たちは、当時の日本の治安の良さ、ひとびとの遵法精神に、まさに「驚嘆」しています。
「日本は非常に古い文明を持ちながら、それを見事に近代文明に適応させた国、偉大な過去と偉大な未来をあわせ持つ国でもあるのです。」
「私がどうしても滅びてほしくない一つの民族があります。
それは日本人です。
あれほど古い文明をそのままに今に伝えている民族は他にありません。
日本の近代における発展、それは大変目覚しいけれども、私にとっては不思議ではありません。
日本は太古から文明を積み重ねてきたからこそ、明治になって急に欧米の文化を輸入しても発展したのです。
どの民族もこれだけの急な発展をするだけの資格はありません。
しかし、日本にはその資格があるのです。
古くから文明を積み上げてきたからこそ資格があるのです。」
「彼らは貧しい。しかし、高貴である」
明治時代のフランス駐日大使
ポール・クローデル(1868年8月6日 - 1955年2月23日)の言葉です。
こうした外国人から見た日本人の日本人らしさの根幹をなすのが、戸籍制度のもと、人は単なる「個人」として生きるのではなく、先祖から受け継ぎ、親兄弟や子や孫、まだ見ぬ子孫へ繋がるといった、歴史の縦軸の中に生きるという感性です。
それは「恥」の文化につながり、責任感につながるのだと存じます。
個で自分本位であれば、「恥ずかしい」「みっともない」と言う感情は起こりません。
戸籍を失い、夫婦も親子も別姓というなら、何かを守り、継承するという縦軸のつながりを喪い、日本人は、ひとりひとりがみんなバラバラの個人主義の国となります。
それはもはや「国家」ではありません。
そして「血統」「家柄」「家」の否定、「個人」を最重要とする価値観の行き着くところは「皇室の廃止」「日本の人民共和国化」に他なりません。
夫婦別姓導入は、国体破壊への道であることをぜひご理解いただきたいと存じます。
衆議院議員
平沼 赳夫 事務所
平沼赳夫HP
http://www.hiranuma.org/
たちあがれ日本URL
http://www.tachiagare.jp/
故・中川昭一議員の奥様、郁子さんが次期衆院選出馬への可能性が出てきました。
昨年中川氏が急逝されてから「郁子さんを後継に」という声が上がっており、私もそうであればよいと思っていましたが、本人の意思が一番なので触れることは避けてきました。
しかし、ご自身の意思で出馬されるのであれば、全力で支持申し上げます。
次期衆院選で郁子さんが当選された時、中川昭一氏を貶め続けた反日勢力や反日マスゴミとの弔い合戦に勝利できるはずです。
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昨秋急死の中川元大臣、妻・郁子さんが後継意欲
昨年10月に急死した中川昭一元財務・金融相の妻、郁子さん(51)が4日、帯広市内の会合で、自身が要請されている後継問題に触れて「ありがたく前向きに考えている」と、初めて立候補に意欲的な発言をした。
郁子さんはこの日、旧中川後援会婦人部有志の親睦団体「れもんの会」の忘年昼食会に出席。
会員女性から「昭一さんの遺志を継いでくれるのは郁子さんしかいない」と要請されていたことに答えた。その上で「皆さんに話が出来る日が早く来ればいい」と語った。
自民党などは、次期衆院選の北海道11区に中川氏の後継として郁子さんの擁立を検討していた。
郁子さんに出馬を促していた前ホクレン会長で、元中川昭一選対本部長の矢野征男さんは「正式表明があればぜひ応援したい」と歓迎した。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20101204-OYT1T00781.htm
先日取り上げた、奈良県大和郡山市の住民投票条例の件、
« 奈良県大和郡山市で住民投票条例が検討(外国人参加の可能性あり)
「意見募集」の期限が12月10日に迫っており、事態の拡散依頼のコメントをいただきましたので再度紹介いたします。
奈良県大和郡山市住民投票条例―反対意見と拡散のお願い
12月10日(金)必着
話題に関係ないことで申し訳ないのですが、拡散させてください。
大和郡山市に地方版の外国人参政権が出来そうになっています。
大和郡山市をどうか助けてください。
奈良県大和郡山市があと一週間!!!危険、助けて!!!!!
http://politiceconomy.blog28.fc2.com/blog-entry-844.html
↑リンク先は「まさか、右翼と呼ばないで!」様のブログで、大和郡山市の意見フォームへのリンクや文例の紹介などがまとめられています。
a様の悲痛な叫びに答えてあげてください。お願いします!
民主党のマニフェスト破り回数がギネスブックに登録へ。市民団体の登録申請が認められる。
http://hato.2ch.net/test/read.cgi/news/1291416076/
1 名前: 雪だるま(不明なsoftbank)[sage] 投稿日:2010/12/04(土) 07:41:16.01 ID:7QamEPyw0● ?PLT(12000) ポイント特典
やあ (´・ω・`)
ようこそ、バーボンハウスへ。
このテキーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。
うん、「また」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。
でも、このスレタイを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない
「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい、そう思って
このスレを立てたんだ。
じゃあ、注文を聞こうか。
>>1
信憑性が高杉るナイスな釣りだったぜb
>>1
ブランデーに紅茶いれてくれ
>>1 マスター・・・目の覚めるようなブラックをお願い。
>>1
完全に釣られた
俺は面白かったよ
>>1
ためしに申請してみてくれ
3 名前: 肉まん(熊本県)[] 投稿日:2010/12/04(土) 07:42:43.36 ID:enYa0KsX0
マスター久々だな
ねずきちの ひとりごと 様より転載です。
駆逐艦「雷」
かつて、こういう日本人がいた、という、これまた有名なお話です。
ご存知の方も多いと思います。
日本人は、陛下の御もとに馳せ参じたとき、ここまで勇敢になり、そしてやさしくなれる。
世界はそれを絶賛し、憧れた。
中井ハマグリなんぞ、とてもじゃないが日本人とはいえない。
~~~~~~~~~~~
民主党の中井議員による秋篠宮御夫妻への野次には「蛤(はまぐり)の変」なんて名がつけられたようです。実際はそんな可愛い名称にそぐわない事件ですが。
中井議員は取材紙によって違う弁解をしたり、「遅刻した議員がいる」などと責任転嫁して反省の色が全く見えないし、「中井氏は、天皇皇后両陛下、秋篠宮同妃両殿下のお迎えに際しても、一人(モーニング姿ではなく)平服で、お迎え前にもポケットに手を入れ、周りの民主党委員長と雑談していた。秋篠宮同妃両殿下の議場ご入場の際も1人着席のまま、数秒後に立つ対応だった…」なんて振る舞いもあった。
そんな中井議員への懲罰動議に反対した民主党は、ご皇室への野次や態度を党として追認したのですから、民主党自体が、ご皇室への尊敬の念を持ち合わせてない事が明らかです。
こんな連中に政権を与えてしまった現在の日本人は、2670年間日本を支えてくださってきた先人に顔向けできませんよ。
一刻も早く引き摺り下ろさねば。
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【菅政権考】皇室への敬愛欠く「蛤(はまぐり)の変」
民主党の中井洽(ひろし)衆院予算委員長(68)が11月29日の議会開設120年記念式典で、秋篠宮ご夫妻に対し「早く座れよ。こっちも座れないじゃないか」と非礼な発言をした問題で、衆院へ懲罰動議が出る事態となった。皇室への理解と敬愛の念が不十分な言動は、残念ながら中井氏以外の政治家にも時に見受けられる。特に、民主党が中井氏の非礼な発言を頑(かたく)なに否定し、擁護に走ったことは相当な問題だ。何事にも責任をとらない党の体質が、皇族にかかわる問題でも現れてしまった。礼節こそが、人と禽獣(きんじゅう)を区別するものではなかったか。日本の政治家の劣化はいつやむのだろうか。
◇礼節わきまえず
「この国会は『蛤(はまぐり)の変』で終わることに。情けない」
中井氏への懲罰動議が出た1日夜、公明党幹部はこう嘆いた。
ベテラン議員の中井氏は、名前の「洽(ひろし)」が難読で、「蛤」に似ているため、政界では「なかい・はまぐり」というニックネームがついている。ある意味大物の証明なのだが、これと、幕末の1864年に会津・薩摩両藩と長州藩が京都御所をめぐって戦った「蛤御門の変」をもじっての嘆きだ。
新党改革の舛添要一代表(62)は2日、「天下国家の大きな所から議論すべきで、(式典での中井氏の)やじや(逢沢一郎自民党国対委員長(56)の)携帯電話の音が国会会期末の争点になる(ことで懲罰合戦になった)のは、日本が終わった感じがする」と語った。
その通りだが、厳粛であるべき国会の式典での、皇族への非礼な言動を等閑視していいことにはならない。
「辞譲(じじょう)の心は礼の端(たん)なり」(「孟子」)
古の中国の聖人はよい言葉を残してくれた。へりくだって譲る心が礼の芽生えである-という意味だ。議員が席に座りたいからといって、両陛下を起立してお待ちになっていた秋篠宮ご夫妻に暴言を吐くのは、実に対照的だ。
1日の参院議院運営委員会理事会で、自民党理事は、中井氏には発言以外にも不適切な振る舞いがあったと報告した。
「中井氏は、天皇皇后両陛下、秋篠宮同妃両殿下のお迎えに際しても、一人(モーニング姿ではなく)平服で、お迎え前にもポケットに手を入れ、周りの民主党委員長と雑談していた。秋篠宮同妃両殿下の議場ご入場の際も1人着席のまま、数秒後に立つ対応だった…」
中井氏は1日、発言について「隣の人としゃべっただけ。『(着席されるよう)宮様に伝えていないのかね』と言った」と、秋篠宮ご夫妻を気遣ったのだと主張した。しかし、問題発言を耳にしたと語る議員は、水野賢一・みんなの党幹事長代理(44)ら何人もいる。
◇終始無関心な菅首相
尖閣ビデオ映像の流出には烈火のごとく怒った菅直人首相(64)も、中井氏の問題には何の関心も示さない。さすが、国旗国歌法の衆院採決で反対しただけはある。
平成21年11月に天皇陛下ご臨席で開かれた「ご在位20年記念式典」の最中に、当時、副総理兼財務相だった菅首相が「首を何度も何度もこっくりこっくりとし、居眠りをしていた」(自民党の木村太郎衆院議員(45)の質問主意書)疑惑が指摘されたこともあった。このときの政府答弁書は居眠りを否定も肯定もしていない…。
小沢一郎元代表(68)も、昨年、天皇陛下の中国要人とのご会見を強引に実現した。
礼節をわきまえない人たちが「政治主導」など行っていいものか。民主党にも「式次第がそう(=ご着席)なっていたからといって、秋篠宮様が天皇皇后両陛下を立ってお待ちになる判断をされたのだから、僕ら(国会議員)も従わないといけない」(参院幹部)との常識ある議員もいるが、執行部では少数派だ。
他にも議員の劣化の例があると明らかにしたのは皮肉にも中井氏だった。釈明の際、「僕が言うと怒られるが、秋篠宮さまが(議場に)お入りになってから遅刻した奴が10数人いたぞ」と語ったのだ。
また、議会開設記念式典に出席しなかった国会議員は共産党の15人を含め、全体の半数近い330人超に及んだ。
このようなことが、「日本国の象徴」と明治以来の議会政治の歩みをないがしろにすると思わないのだから、事は深刻だ。(政治部 榊原智(さとし)
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101204/plc1012040702008-n1.htm
民主党の山岡副代表に、昨年の衆院選において公職選挙法違反の疑いが浮上しています。しかもその内の一件は連座制適用対象の私設秘書が実行したとされています。しかも「支払った疑い」ではなく「支払った」と記述してあるのだから違反確定でしょう。
民主党の「政治とカネ」問題は、間をおかず次から次へとでてきており、正に底なしです。
今回の山岡副代表と同様のケースで、昨年の衆院選に民主党から立候補した武山氏が有罪判決を受けています。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100202/trl1002021053000-n1.htm
山岡氏はただの一議員ではなく民主党副代表という要職についており、その身の処し方は耳目を集めるところ。
山岡さん、上記の武山氏のように、政界引退を表明すれば執行猶予が付く可能性もありますよ。
連座制適用になった小林千代美議員は議員辞職に追い込まれたのだから、せめて晩節を汚さずに身を引いてはどうでしょうか。
失礼、そんな引き際を心得てたら民主党議員の資格はありませんね。
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山岡・民主副代表 陣営が運動買収の疑い 昨年の衆院選
山岡賢次・民主党副代表(67)の陣営が09年8月の衆院選(栃木4区)で、有権者に電話で投票を依頼する「電話作戦」を行った運動員2人に計24万円の報酬を支払っていたことが分かった。電話作戦は無償で行わなければならず、公職選挙法違反(運動買収)の疑いがある。1人は連座制適用対象である私設秘書(37)から報酬を受領していた。過去、連座制適用が確実となり議員が辞職に追い込まれた事件もあり、民主党に「政治とカネ」を巡る新たな疑惑が浮上した。
運動員2人は栃木県に住むいずれも主婦。毎日新聞の取材に対し「後援会名簿を使って1日200軒ぐらいかけた」「電話かけ専門だった」と、同県真岡(もおか)市の事務所で電話作戦をしていたことを認めた。
電話作戦は公選法上、無報酬のボランティアだけに許されるが、うち1人は山岡氏の私設秘書の実名を挙げ「選挙3カ月後に『報酬が出るから』と連絡があり、事務所で秘書から報酬を受け取った。領収書も書いた」と話した。もう1人は、陣営側の人物について実名を伏せつつ「ボランティアということにしているが(本当はもらった)」と話した。
陣営が09年12月1日、選管に提出した「選挙運動費用収支報告書」には、2人の領収書のコピーが添付されており、毎日新聞は情報公開請求で入手。「山岡賢次選挙事務所」名で、同11月28日と同29日、2人に各12万円を支払った、と記載されている。名指しされた秘書は「電話作戦をした人はいるだろうが報酬はないんじゃないか」と話した。
衆院選栃木4区では4人が争い、山岡氏が13万9878票を獲得し小選挙区での初勝利を果たした。【小林直、太田誠一、渡辺暢】
◇候補者に連座制適用の場合も
買収など選挙違反事件で出納責任者や運動の指揮・監督をする責任者(総括主宰者)の有罪が確定すると連座制が適用され、候補者の当選が無効となり同じ選挙区からの立候補が5年間禁止される。
電話作戦を巡る運動買収事件としては、山岡陣営の疑惑と同じ衆院選で、民主党の小林千代美前衆院議員(北海道5区)派の連合幹部(当時)が09年10月、逮捕されたケースがあり、懲役2年、執行猶予5年が確定。判決によると、35人に電話作戦の報酬として計261万円を支払う約束をした。公選法上報酬を実際に渡さなくても、買収罪が成立する。小林氏は辞職に追い込まれ、検察側は公民権停止など連座制の適用を求め札幌高裁に行政訴訟を起こし係争中。
94年の公選法改正で、秘書や立候補予定者の親族らでも禁錮刑以上が確定すると連座制の対象となり、適用例もある。
◇ことば・運動買収
選挙運動の対価として運動員に金銭などを渡す行為。受領した側も処罰される。例外として、選挙カーで候補者の名前を連呼する車上運動員(ウグイス)▽事務所で接客などをする事務員▽手話通訳者--への報酬は認められている。しかし、報酬を伴う選挙運動を全面的に解禁すると選挙資金が豊富なほど多数の運動員を動員でき、金権選挙がはびこるとして、ほかの運動員への報酬は禁じられている。法定刑は3年以下の懲役か禁錮、または50万円以下の罰金。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20101204k0000m040141000c.html
日時:平成22年12月5日(日)、13時30分~15時
集合場所:
神戸三宮東遊園地公園: JR三宮駅からフラワーロードを南へ神戸市役所の南側
デモ:参加者集合時刻:13時
デモ出発:13時30分
コース:三宮東遊園地公園(東側)→神戸市役所→JR三宮駅→神戸大丸→神戸市役所→三宮東遊園地公園(東側)
(15時頃終了):警察の指導により一部経路が変更となります。詳細判明次第連絡します。(11/29)
* お手伝い戴ける方は12時30分頃までにご参集下さい。
* 日の丸持参大歓迎です 但し旭日旗は禁止。
プラカードの持参は自由ですが、民族差別的な表現のものは禁止です。
* 拡声器の持ち込みはご遠慮下さい。
主催:頑張れ日本全国行動委員会・兵庫県有志の会
協賛:チャンネル桜を支える会兵庫
連絡先:秦(はた)、TEL:090-5901-8252 Mail: hatashika@tea.ocn.ne.jp
頑張れ日本全国行動委員会・兵庫県有志の会
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期日: 平成22年12月5日(日)
内容
《講演会》 13時00分~14時30分 (12時30分開場)
「中国の海洋進出とわが国の対応」
古澤忠彦(元海上自衛隊横須賀地方総監・海将)
場所 … 岡山県総合福祉会館 http://www.fukushikaikan.jp/
会費 … 1,000円
《街頭行進》 15時00分~16時00分
岡山神社境内集合→桃太郎大通り→「岡山」駅前→ビブレ前 流れ解散
※ 講演会のみ または 街頭行進のみのご参加も歓迎します
主催: 頑張れ日本!全国行動委員会 岡山
連絡先:齊藤忠文
TEL 086-282-3736 MAIL saitota@w7.dion.ne.jp
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頑張れ日本!全国行動委員会・茨城県本部設立大会/記念講演会
講師:水島 総氏 (頑張れ日本!全国行動委員会・幹事長、日本文化チャンネル桜・代表)
時刻 :14:00~17:00 (開場:13:30)
場所 :茨城県護国神社・参集殿(水戸市)
参加費:¥500−
主催:頑張れ日本!全国行動委員会・茨城県本部
顧問 : 鈴木 亮寛
代表 : 忠 宣叡
幹事長: 吉村 進
連絡先:
忠 TEL:0296-72-6206, FAX:0296-71-1124
吉村 TEL:090-7804-9944,Mail:ta2-4017@net1.jway.ne.jp
民主党が選択的夫婦別姓制度を強引に閣議決定に持ちこもうとしている。
12日の党政調役員会で拙速に了承してしまった模様だ。
民主党内保守派議員が阻止に向けて、
第三次男女共同参画基本計画案には、盛り込まれるべき言葉がなく、大揉めに揉めた、というよりか、揉めさせた。午後2時に取りまとめ、それも2回目の会議で纏めようという拙速さに驚くばかりか、その2時間後には政策調査会に提出したいとのこと。冗談ではない。多くの同士達で絶対に認められないと声を上げ、再検討の上、再度会議を開き検討することとなり、明日(12月2日)朝八時から議論される。最後の攻防である。(長尾たかし議員ブログより抜粋http://blog.goo.ne.jp/japan-n/e/d38c173256997ba2f10e669b9f425e2b)
上記転載文のように動いていたが、世論を無視した売国派議員連中が押し通す結果となった。「世論にばかり左右されるものではない」などと述べたようで、最終的に不利益を被る国民のことは無視して自らの歪んだ思想を優先した卑劣な決定だ。
年内に閣議決定を目指しているようで、一刻の猶予も許されない。
夫婦別姓反対を表明している国民新党の自見大臣に絶対に閣議で署名しないように要請しておく必要がある。
「草莽の記 杉田謙一」さんのブログから転載させていただきます。 http://plaza.rakuten.co.jp/seimeisugita/diary/201012010000/ ■夫婦別姓が閣議決定される 集中抗議を 東京の集会に出た友から緊急連絡。民主糾弾行動の後の会合で山谷えりこ先生の講演があり、その中で2週間後に第3次男女共同参画基本計画が閣議決定去れる予定だという。この中に夫婦別姓が挿入されている。大問題です。早速、国民新党の地方議員に電話し、閣議決定を阻止するように頼み込んだ。通されたら取り返しできません。最重要課題です。 帰ってきてから詳細を聞き、対応します。とりあえず、国民新党に反対の主張を曲げないように激励いたしましょう
家族を守ろう!「なでしこ日本」さんのブログを拝借します。この問題に対しての対策をうちだそう。
男女共同参画局によると、政府案についてさらに基本問題・計画専門調査会の意見をききながら策定をすすめ、年内に閣議決定されるということです。
ここで、第3次男女共同参画基本計画案の問題点について、全体像をまとめておきたいと思います。これらはすなわち、男女共同参画社会基本法がもたらす問題と言い換えてもよいでしょう。
1、ジェンダーの視点
男女の特性や性差を認めない「ジェンダー」の視点を前提として、あらゆる分野において男女の比率が異なることが問題視されています。これは、憲法で保障されている「機会の平等」を飛び越えて、男女間の「結果の平等」を目指すものです。また、「ジェンダー・フリー教育」に対する歯止めがなく、第2次基本計画以前に行われていた、男女の区別までなくす不適切な教育が復活しかねません。
2、女性優遇制度
答申では、女性は「指導的地位」を敬遠する傾向があると分析しているにもかかわらず、女性にだけ意識改革や能力開発の機会を与え、ポジティブ・アクション(格差是正措置)やクォータ制(割当制)で女性のポストを確保しようとしています。このような一方的な女性優遇政策は機会均等の原則に反して社会の活力を失わせるものであり、一家の大黒柱たるべき男性のポストを奪うことにもなります。
3、推進企業の優遇措置
男女共同参画を推進する企業に対して公共調達や税制における優遇措置行うための法整備を図っています。機会均等の原則を侵し、品質や価格による自由競争を妨げるものです。
4、個人単位の制度・慣行
選択的夫婦別氏制度を含む民法改正が必要」と明記され、配偶者控除の廃止、個人別の社会保障制度の整備等、世帯単位から個人単位の制度・慣行への移行を図っており、実質的に家族をバラバラにしていきます。
5、性別役割分担意識の解消
「男は仕事、女は家庭」といった性別役割分担意識を一方的に問題視するのは、「主婦は家庭内奴隷」という共産主義思想が反映されているからです。基本計画に沿って男女共同参画の視点からの意識啓発や小中学校からのキャリア教育(職業教育)を進められると、専業主婦を否定し、男も女も働き続けるべきだという画一的な教育が行われるおそれがあります。また、お祭など、性別役割にもとづく伝統行事や慣習の破壊にもつながりかねません。
6.「M字カーブ」問題の解消
女性が仕事をやめて子育てに専念することを問題視し、母親が子供を預けて働き続けるのが当たり前の社会を目指して、配偶者控除の廃止、個人別の社会保障制度の整備等で政策誘導しようとしています。(「M字カーブ」とは、女性の年齢別就業率を折れ線グラフにしたときに、25~35歳の子育て期の就業率が下がり、全体としてM字型のカーブを描くことを言います。)
7、ジェンダー予算の検討
「ジェンダー予算」とは、「男女共同参画関連予算」のことではなく、「政府の政策策定、予算編成、執行、決算、評価などの全過程にジェンダーの視点を反映した国家予算」を意味します。フェミニストばかりで構成される男女共同参画会議が、すべての省庁の予算配分を「男女の結果平等」の物差しで監視・調整することになります。
8、人工妊娠中絶に関する法改正
リプロダクティブ・ライツ(産む・産まないを自分で決める権利)を認め、堕胎罪の廃止と母体保護法の中絶要件の緩和に向けた法改正を目指しています。
9、男女共同参画会議の権限強化
男女共同参画会議を国連女性差別撤廃委員会の国内本部機構と位置づけ、ジェンダーの視点から自国の政策を省庁横断的に監視・調整する権限をさらに強化しています。これまでも、同会議により、国内の民意よりも国際的協調を重視した政策が推し進められてきました。
10.国連への個人通報制度
国連女性差別撤廃委員会への個人通報制度を含む女性差別撤廃条約選択議定書の早期締結を目指しています。締結されれば、国内の司法判断より国連の委員会の判断が優先され、国の司法権の独立が侵害されることになります。
11.国立女性教育会館の充実
国立女性教育会館は、ジェンダー・フリーなど、国の施設としては不適切な思想教育を行っています。事業仕分けでも取り上げられたように、広大な敷地と施設の管理・運営は税金の無駄遣いです。
当ブログでも問題点として指摘してきた「選択的夫婦別氏制度」と「人工妊娠中絶に関する法制度」に関しては、政府案では記述が保留になっています。しかし、昨日17日の岡崎トミ子担当大臣の答弁を聞く限りでは、これまでの方針に変化があるとは考えられません。批判を避けるのが狙いではないしょうか。
学校での性教育については、教育指導要領に準じることや、発達段階に応じることなど、第2次基本計画で盛り込まれた歯止めの文言が復活しています。これは、唯一、意見募集の反対意見を取り入れた修正として評価できると思います。
引用以上。無許可転載をお許しください。
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民主党調査会、夫婦別姓容認の提言を強行提出 保守系議員の反発を「無視」
民主党の子ども・男女共同参画調査会(会長・神本美恵子参院議員)は2日、党政調役員会に対して、選択的夫婦別姓制度の導入を事実上容認する提言を提出し了承された。政府の第3次男女共同参画基本計画案への党提言の原案に当たるものだが、同日の調査会で保守系議員らが「世論を踏まえておらず拙速だ」などと反発し、議論が紛糾したにもかかわらず、提出を強行した形だ。
提言は「男女共同参画会議の答申を最大限尊重して第3次基本計画を策定すること」と明記した。
政府の男女共同参画会議は7月、「選択的夫婦別姓制度を含む民法改正が必要」とした「基本的な考え方」をまとめ、菅直人首相に答申。政府は年内に第3次計画を閣議決定するが、答申を「最大限尊重」することは、選択的夫婦別姓制度の導入を容認することを意味する。
2日朝の調査会では保守系議員から「世論の動向を踏まえるべきだ」「社会の仕組みの根本にかかわる問題だ」「夫婦別姓の長所、短所をちゃんと検討しているのか」などの反対の声が相次いだが、調査会役員は「世論にばかり左右されるものではない」として、神本氏への一任をとりつけ、提出を強行した。
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/101202/stt1012022235012-n1.htm
12.1 民主党(菅)内閣倒閣宣言! 国会・首相官邸包囲 国民大行進・国民大集会には平日にもかかわらず2000人以上が参加し行われたようです。
今回の活動も産経新聞は報じています。団体名もありますし、右翼でなくきちんと保守系であると伝えており、納得のいく報道です。
記事の転載及び大会の動画を集めました。動画に関しては、新たにアップされたものがあり次第追加したいと思います。
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「頑張れ日本!全国行動委員会」が菅政権批判大規模集会
保守系の民間団体「頑張れ日本! 全国行動委員会」(会長・田母神俊雄前航空幕僚長)などが1日、都内で「民主党(菅)内閣倒閣宣言! 12・1国民大集会」を開き、沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件への対応などをめぐり、政府・民主党に対する抗議の声を上げた。
集会には、たちあがれ日本の平沼赳夫共同代表、自民党の山谷えり子参院議員ら国会議員や地方議員、市民1100人が参加。田母神氏は、「民主党には自由がない。政権がここまで左傾化したら、いい国に向かっているはずがない。国民が立ち上がって、草の根の意見を政府に届けなければならない」と訴えた。
また、自民党の西田昌司参院議員は、29日の議会開設120年記念式典で、秋篠宮ご夫妻の行動に不平を漏らした民主党の中井洽衆院予算委員長に対し、「皇室の方々に無礼千万なことをするのは日本人としての心がない。即刻、国会議員を辞めていただきたい」として、議員辞職を求めた。
集会に先立ち、東京・千代田区の国会議事堂周辺で民主党政権に対する抗議デモを行った。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101201/plc1012011929017-n1.htm
衆議院議員会館前シュプレヒコール
民主党本部前シュプレヒコール
2009年にシンガポールのリー・クアンユー顧問相が、北朝鮮の核開発に対抗して日本が核武装すると予測していた事がわかりました。
皆さんはこのリー顧問相の予測をどう捉えるでしょうか。
日本は非核3原則があるし被爆国なのだから核武装はするわけがないと考える方は、ちょっと違った見方をしてみてください。
一国の重要人物がこのような予測をする。それはシンガポールが現在の日本の立場におかれたら、核武装して抑止力を持たなければ安全を保てないと考えているということです。
日本はそれほど危うい状況下にいるということですよ。
考えてみれば、当たり前のことだと思いませんか?
反日国北朝鮮が核を持ち脅しをかけてきたらどうやって対抗するのでしょうか?何千億円もかけて戦闘機や戦車をどれほど増やしても、核兵器一発の威力の前では蟷螂の鎌です。憲法9条があるため発射基地を先に潰すようなことも出来ない。米国の核の傘に入っているから大丈夫でしょうか。米国本土に到達するミサイルを北朝鮮が持ってしまったら・・・米国は日本のために必ず動いてくれるでしょうか?
同じく反日国の中国にいたっては、今現在も核搭載のミサイルを含めて数百発も日本に照準を定めています。
最近の中国の動きを見て、憲法9条があるから攻めて来ないと断言できますか?
いくら自衛隊の錬度が高くても、相手が核を使う腹を決めたらお手上げです。じゃあ、どうすれば日本は安全を保てるのか。やはり日本も核武装して抑止力を持つ以外ないと思うのです。被爆国だからこそ、2度と核の攻撃を受けてはならない。そのためにも核武装が必要ではないでしょうか?
今すぐ開発に着手は出来ませんが、開発に向けて国民的な合意を得るプロセスに着手しなければ、取り返しのつかないことになるかもしれません。
そう思いませんか?
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日本の核武装を予測=北朝鮮に対抗-シンガポール顧問相
【ワシントン時事】シンガポールのリー・クアンユー顧問相が2009年、北朝鮮の核開発に対抗し日本が核武装すると予測していたことが分かった。1日までに内部告発サイト「ウィキリークス」が公表した米外交公電に記載されていた。
同顧問相は同年5月30日、シンガポールで開かれた「アジア安全保障会議」に合わせ、スタインバーグ米国務副長官と会談。内容を記した公電は翌月4日、在シンガポール大使館から国務省に発出された。
公電によると、スタインバーグ副長官は、北朝鮮の(核保有をめぐる)決定は日本に影響を与えると発言。顧問相は、その場合、日本は「核武装に進む」に違いないと応じた。
顧問相はさらに、中国は日本の核保有を計算に入れると同時に、そうした事態になっても、北朝鮮の崩壊に伴い、米軍が駐留する韓国との緩衝地帯を失うよりましだと結論付けているとの見方を示した。
また、中国人民解放軍の馬暁天・副総参謀長は顧問相との会談で、中国に援助を打ち切られても「北朝鮮は自力で生き抜いていける」と語ったと顧問相が紹介。これに対し副長官は、核開発をやめなければ北朝鮮は日米韓3カ国に方向転換を強いられると述べたという。(2010/12/01-19:46)
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010120100937
つくづく思う。現実を見ることはとても大切だと。
1年4か月前に「政権交代」に一票を投じた人はそう思っているであろうし、沖縄県名護市長選で反基地に一票を投じた人もそうなのだろう。
反基地運動の拠点、沖縄県名護市では、先日の県知事選で強硬な反基地派の伊波候補ではなく、仲井真氏への投票が上回っていた。反基地の稲嶺市長の影響で市が干上がり始めたのが原因の一つだ。
思えば、反日の人々は何がしたいのであろうか。民主党は現実の壁を越えられず、結局国民の覚醒の触媒となり、窮地に追い込まれている。覚醒した国民の手により、日本解体は果たせぬままに政権から追われるだろう。反基地運動家の人々も、市長の座を獲得し運動を本格的に開始したら、市民が現実を知り票が離れてしまった。
サヨクの人々のこうした特性は「ブーメラン」と呼ばれているが、やはりお花畑の「理想」は現実の前では意味をなさないということだ。
沖縄において、県外の活動家や左翼マスコミや帰化中国人がいくら反基地を煽っても、沖縄県民は最終的に「現実」を選択する結果となるのだろう。
その選択を受けて、即必要な対応できるよう環境整備を働きかけていく必要がある。
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【沖縄知事選】反基地運動の拠点、名護市民も仲井真氏支持
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)移設問題が争点となった沖縄県知事選。市町村別の得票を分析すると、日米合意で移設先になっている名護市でも、当選した現職の仲井真弘多(ひろかず)氏の票(1万5213票)が、前宜野湾市長の伊波洋一氏(1万3040票)を上回った。今年1月の名護市長選や同市議選で受け入れに「ノー」を突きつけた地元の反基地の流れに、変化の兆しが表れた形だ。
伊波氏は一貫して「県内移設は葬り去る」としてきた強硬派。これに対して、仲井真氏は名護市長選などでの反対派勝利を受けて、「県外移設要求」に転じたものの、かつては名護市辺野古への移設を条件付きで容認していた。
移設反対派退潮の背景には、「反対を掲げて当選した稲嶺進市長が米軍再編交付金の受け入れを拒否したため、市政運営に影響が出始めていることがある」(元市政関係者)という。同市の50代の自営業男性は「交付金がなくなり、老朽化した小学校の体育館の改修もままならない。経済的に閉塞(へいそく)感が漂っている」と話す。辺野古で農業を営む男性(34)も「新市長になって地元の経済や雇用への不安が高まっている」と明かす。こうした稲嶺市政への懸念が、現実的な選択へと向かわせたようだ。
同県(41市町村)の米軍基地を抱える21市町村のうち16市町村(名護市、那覇市、石垣市、浦添(うらそえ)市、沖縄市、うるま市、国頭(くにがみ)村、東村、本部(もとぶ)町、恩納(おんな)村、宜野座村、金武(きん)町、伊江村、嘉手納町、渡名喜(となき)村、北大東村で仲井真氏がトップだった。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101201/plc1012012207022-n1.htm
先日、島根県の養鶏が鳥インフルエンザの可能性があるとお伝えしたが、農林水産省の検査の結果、鳥インフルエンザの発生が確定した。
既に殺処分や鶏の移動制限の対策が取られているようである。この件に関しては、無責任な風評に惑わされず事実を確認してから論じねば、養鶏業者への風評被害が発生する恐れがあるので、言うまでもないが注意が必要である。
現在も民主党政権が続いていることもあるし、口蹄疫の二の轍を踏まないように迅速な対応を鹿野農水相と農水省に要望しておこうと思う。
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島根の鳥インフル、ウイルスは高病原性のH5型
読売新聞 12月1日(水)22時41分配信
管理人がどうしても問責決議を出して欲しかった議員、岡崎トミ子にも問責決議案が提出されることになった。
これだけ問責決議案が提出され続ける内閣は前代未聞だ。
そして、その全員に十分すぎるほどの落ち度がある。
今回の岡崎国家公安委員長にしても、反日デモへの参加、元慰安婦(ただの売春婦)への個人補償の提案、国際テロ資料流出、北朝鮮砲撃事件当日に警察庁へ登庁しない等、どの方向から見ても国家公安委員長に相応しくなく、突っ込みどころ満載だった。特にテロ資料流出は国際的な信用の失墜、捜査協力者の身の危険、今後の捜査への支障など、今後に非常に大きな傷跡を残してしまった。
本来なら、テロ資料流出時、もしくは北朝鮮砲撃時の引きこもり後すぐに提出すれば政府にも民主党にもダメージが甚大だったと思うのだが、とにかくこれで可決されれば管理人の大嫌いな岡崎トミ子も辞任の公算が大きくなる。野党の賛成を望む。
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岡崎氏の問責提出へ みんなの党
産経新聞 12月1日(水)7時57分配信
みんなの党は30日、警視庁公安部が作成したとみられる国際テロ捜査資料が流出した問題を受け、岡崎トミ子国家公安委員長に対する問責決議案を今国会に提出する方針を固めた。
渡辺喜美代表は30日、国会内で記者団に「できるだけ早めに出したい」と述べた。自民党参院幹部は同日夜、岡崎氏への問責決議案が提出された場合は同調する考えを示した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101201-00000122-san-pol
神奈川県教育委員会が非常にいい動きをしている。
神奈川県の県立高校では平成24年から日本史が必修になる予定だが、それに向けて県教育委員会が独自に作成した教科書が、「南京大虐殺」等のいわゆる自虐史観を排除した物になっているようだ。
神奈川県教委、日本史独自教科書の修正案可決
神奈川県の全県立高校での平成24年度日本史必修化に向け、県教育委員会が作成中の独自教科書「近現代と神奈川」について、県教委は30日、南京事件の被害者数を「多くの中国人」としていた記述から「多くの」を削除、「具体的な人数について、さまざまな説がある」と付け加えるなど、内容を修正する案を可決した。今年度中に製本し、来年4月から先行実施10校で使用する。
今年4月末時点では、南京事件を「南京大虐殺として国際的な非難をあびた」とし、被害者数も過大な数字を記述するなど、日本の過去の歩みをおとしめる記述が多く見られた。しかし、9月の最終案ではこうした記述はほぼ修正され、南京事件は欄外記載となり「大虐殺」の表記は削除された。
今回はさらに9カ所を見直しており、県教委は「生徒が歴史的事実を客観的に考えられる記載とする視点などから検討を行った」と説明している。
http://sankei.jp.msn.com/life/education/101130/edc1011302114004-n1.htm
関連ニュース
神奈川県教委が独自教科書「近現代と神奈川」を決定
http://sankei.jp.msn.com/life/education/100929/edc1009291347002-n1.htm
神奈川県の必修日本史教科書、自虐的記述ほぼ削除、29日に最終案
http://sankei.jp.msn.com/life/education/100928/edc1009280104000-n1.htm
近現代教科書に”自虐”記述 神奈川の独自科目、検定の盲点
http://sankei.jp.msn.com/life/education/100524/edc1005240017000-n1.htm
これで通州事件を取り上げているようならば満点といいたいところだが、どうだろうか。« 【拡散希望】通州事件を忘れるな(2)
教育こそ国の未来の鍵。
これまでの数十年間、日教組やサヨクマスコミ、サヨク知識人の強い影響力により自虐史観が横行し、結果、先人を誇れず、自国の歴史を恥じ、外国に対して必要のない劣等感を持つ人々や思想が蔓延り、日本人は騙され国益を損ね続けてきた。私も去年の4月まではそうだった。
しかし流れが変わりつつあるのを感じている。本当の歴史を知り、日本人であることに誇りを持ち、この歪んだ状況を変えようとしている人々が日々増え続けている。
この神奈川県の例も、その流れの中の大きな出来事だ。平成24年を境に、神奈川では愛国者は生まれやすく、サヨク候補は生まれにくくなるだろう。「歴史的事実を客観的に伝える」それで十分なのだ。
全国の教育委員会は神奈川の例に倣い、積極的に歴史教育を変えていくべきだ。いまだ日教組の力が強い地域もあるだろうが、それ以外のまともな地域が歴史教育を正していけば必ずそれが主流になる。隅に追いやってしまえば、日教組の解体など簡単だ。
名古屋市の中国領事館移転問題について、自民党市議団が反対決議を議会に提出していますが、公明党・共産党が反対、民主党が立ち位置を決めていないようです。
http://twitter.com/nihonjintamasii/status/9603440753770497
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名古屋市議会にて国有地の、中国領事館への売却問題についての審議に今日からはいることになりました。 自民は会派として反対の議論に決して一丸となって進めるとのことです。財務局の判断や市民県民の反対動向なども十分反映されることになります。ネットにて名の挙がっていた議員先生も無論同意されていますとのことです。是非激励をお願いいたします。 なお順調に行けば12月8日には反対の決議がなされる予定となりましたが、まだ民主の立場が未決定です。自民市議団との折衝で進むと思われます。労をお取りいただけた自民の先生方に深く感謝いたします。 なお、私ども愛知県民が今まで中国の動きにあまりに凡庸であったことにより、中国と、その左翼支援者にうまく立ち回られた結果が、善良な地域の皆さんの、国の決定なら仕方ないとの諦めを生んできた現実を十分検証しなければならないと痛感いたします。自民や民主市議の中にも日中友好ムードを損なってはならないと、危機管理に対する認識不足や、不良外国人の増大の危険性に対する認識不足があり、治安維持管理に対してあまりに無防備すぎた面があったのは充分反省しなければなりません。 名前の挙がった先生も国有地売却の話しがあり、大使館建設方針(希望)が出ている以上、反対もできず、地域の不安にも対応しなければならない。こう判断して善意から地域住民と領事館職員との橋渡しをなしたと思われます。対立を避け言向け和すとの思いで仲立ちを買って出たとご本人も認識していたようです。残念ながらしかし、それは保守政権の思想的な怠慢の結果でもありましょう。 しかし今は何とか市議会各会派がこの問題に対して見解を出さざるを得ないところまで来たわけです。反対に動いて下さる市議が自民中心に出て、代議士では牧義夫民主党代議士が受けてくださり、自民市議団はじめ、各会派も健全な判断を下そうとやっと動き出したというのが現実です。なんとしても成功させたい。 ネットをごらんの方は是非この動きを暖かく見て、中国の暴挙に対して声を上げて下さる議員を是非応援くだされば幸いです。 草莽の記より抜粋 --------------------------------------------- 名古屋市議会議員については、自民党市議に応援・激励メッセージを、民主党市議にはぜひ反対決議に賛成してもらえるよう要請するのがいいようですね。
新潟は反対運動が高まり、一時とはいえ進展がストップしています。名古屋でも同じことはできるはず。名古屋市議への要請も進めましょう!(要請ですから、くれぐれも丁寧に)
30日までに朝鮮学校全10校が無償化を申請し、文部科学省はこれを受理した。
このところ朝鮮学校側では「子供を巻き込むな」「民族差別」などの情に訴えかける抗議で日本人を騙そうと必死だが、いくら情に訴えかけようとも、朝鮮学校を無償化するということは違法なのだ。
『憲法26条1項の「教育を受ける権利」や2項の「義務教育の無償」も日本国民を対象とした「社会権」の一つであって、外国人に対する「権利」を保障したものではないからである。それゆえ、朝鮮学校の適用除外は差別でも何でもない。
北朝鮮は多数の日本人を拉致してきた犯罪国家であり、いまなおわが国を敵視し、国交も存在しない。また朝鮮学校では、北朝鮮や朝鮮総連の支配下にあって反日的な思想教育が行われている(産経新聞、平成22年8月5日~7日)。
それに本件は実質的に憲法89条の問題でもあり、同条が公金支出の条件としている「公の支配」つまりわが国の特別監督権が同校に及ぶとはとても考えられない。なぜ、このような違憲の疑いのある朝鮮学校の生徒にまで国民の血税を支出する必要があるのか。(日本大学教授・百地章)
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/429753/』
そして朝鮮学校側は無償化に際して文科省が求めている条件を、北朝鮮本国からの指示で断固拒否している。
http://sankei.jp.msn.com/life/education/101125/edc1011250054000-n1.htm
これで日本人が無償化を受け入れられるわけがない。
にもかかわらず、高木文科相は「今の事態が好転することを望んでいる」などと発言しており、北朝鮮砲撃事件のほとぼりが冷めるのを待って審議→無償化に持っていく腹積もりなのは明らかだ。
法治国家日本において違法な無償化が許されてはならない。この貴重な猶予期間に抗議の山を届けて、低下している内閣・党への支持率への致命傷となることを警告せねばならない。
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全朝鮮学校の高校無償化申請受理…手続きは停止
文部科学省は30日までに、高校授業料の実質無償化に向け、全国の朝鮮学校10校からの申請をすべて受理した。
高木文部科学相は同日の閣議後の記者会見で、北朝鮮の韓国砲撃に伴い、受理後の審査手続きを停止する方針を強調した上で、全国朝鮮高級学校校長会などが抗議声明を出したことについて「我々としては今の事態が好転することを望んでいる。今しばらく状況を見守ってほしい」と理解を求めた。
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